身近にある絆第七話

身近にある絆(第七話)

ちゅんちゅんと、すずめがさえずる声が聞こえる。
空は真っ白に澄み渡り、所々にある小さな雲が微妙なアクセントをかもし出している。
芝生の上で寝たくなってくる、そんな天気だ。
庭にある小さな木製の椅子に座り、忙しそうな美咲に話し掛ける。
「美咲･･･いい天気だな。そんなことしてないで、いっしょに休まないか？」
美咲は一度俺のほうを見てから、ダンボールを、荷台に詰め込んでいる人に渡してた。
親父は、会社から1tバンを借りてきた。
しかも、親父の同僚とか言う運転手付で。
「もう、親が出張に行くんだから、英君も手伝うの。」
中学のジャージ姿に、首に掛けたタオル。
まるで、畑仕事をしていそうな、朝方にランニングしてそうな、そんな感じだ。
「いや、だってなぁ･･･あと少ししかないだろ。」
「最後まで、手伝うのが長男でしょ？」
それは偏見だと思うぞ美咲。
「おい、そんなとこでサボってんだ？」
顔を上げると、親父が二階から顔を出していた。
顔が妙に埃っぽい。
「暇だったら、車出しておけ、車。」
そう言うと、親父は二回からカギを落としてきた。
「ああっと。」
落ちそうになるのを危なくキャッチした。
手にはかざりっけの無い黒い携帯電話用のストラップをつけたカギ。
「おい、ぶつかっても知らんぞ。」
「まかせる。」
顔を上げたときには声だけして、親父はもう引っ込んでいた。
任せるって何だよ。任せるって。

引越しが始まる数日前、俺は気になっていたことを親父に聞いてみた。
一人で生きたことが無い自分にとって、質問したいことは山ほどあった。
「生活費はどうするんだ？」
未来を左右するだけに、神妙な面持ちで聞く。
生活費･･･それは、生活する上で必要不可欠なもの。
無ければ、国の生活保護を受けることになる。
それだけは避けたい。
「ああ、それか。」
親父は、あたりまえのことを聞くな、といった口調でそう言った。
たのむから、重要なことぐらい言っておけ、と言いたい。
「現金書留で送るからな、しっかり保管しとけよ。」
親父はそう言うと、お茶をずずずっとすすった。
かなり、落ち着いている。
急にこんなことが決まって、動揺している俺とは大違いだ。
「光熱費とかは、銀行からの引き落としになってるからな。キャッシュカードは渡しておくが、
無駄に引き出すと、後々辛いからな、覚悟して使えよ。
あと、節約した分は、全部、お前の小遣いにしていいぞ。自由に使え。」
俺が、喜べたのはそれぐらいだった。

ガレージをガラガラと開けると、ガレージ独特のにおいが漂ってきた。
エンジンオイルのような、そんな感じだ。
「ガレージ見るの久しぶりだなぁ。」
「そうか？」
ガレージには2台車をとめられるスペースがある。
片方は、通勤用のバン。
もう一台のほうは、･･･スポーツカー。
親父が渡してよこしたカギは、スポーツカーのほうだ。
「さてと、」
鍵穴にカギを差し込み、開ける。
「運転していいの？」
美咲が心配そうな顔で聞いてきた。
「親父が言ってるからいいんだろ。それに、ここは私道だ。問題ない。」
「本当？」
「多分。」
法律のことなんぞよく分からない。
まあ、なにかがあれば、指紋ふき取って、親父のせいにするか。
「そこどいてくれ。」
「はいはい。」
美咲が退いたのを確認して、車に乗り込む。
座席の位置がやたら低い。
シフトレバーが高く感じる。
「さすがだ。」
などと、妙に感心しながらキーをひねる。
ぐぐぐという音を立てて、エンジンが久々に眠りから覚めた。
「･･･」
エンジン音が聞きたくてしばらく、暖機運転をする。
「･･･」
連続的に聞こえる音がなんともいい。
2分ぐらい経ったところで、試しにクラッチを踏んでアクセルを踏み込むと、
クィーンという音を上げ、あっという間にレッドゾーンに突き刺さった。
流石スポーツカー、パワーがあるし、エンジン音にも迫力がある。
「美咲、道路大丈夫か？」
状況を美咲に確認してもらう。
いくらなんでも、この車を廃車にすることは避けたい。
結構、親父気に入ってるからなぁ。
俺もいつかは乗ってみたいし。
「大丈夫みたい。」
･･･みたいとは何だみたいとは、などと心の中で突っ込みを入れながら、車をゆっくり出す。
･･･
･･････
試行錯誤しながら、家の前に止まっている、バンの前に止めることに成功。
「あー、俺にはこの車、まともに運転するにはまだ無理だな。」
アクセルを不用意に踏むと、強力なパワーで押されるから怖い。
「英君、すぐにでも免許取れるんじゃないの？」
「さあ、分からん。」
免許とって、普通の車に慣れたら乗ってみたいけど。
そう心で付け加えた。

「これが最後だ。」
親父は書類とノートパソコンをかばんに詰め込むと、腰に手を当てた。
「･･･」
親父は黙っていたが、目が無言のうちに『これを運べ。』と言っている。
しぶしぶ、かばんを持ち上げると、肩に背負った。
重さはたいしてない。
むしろ、他の荷物に比べると軽いぐらいだ。
「落とすなよ。」
「わかってら。」
わざわざ忠告までしてくる。
まったくもってありがたい限りだ。
「ノートパソコンが脆いこと位知ってるわい。」
親父は、俺の後ろ数メートルを歩きながら、挙動をみている。
「危ないな。」
心配するような声質が、聞こえてきた。
なら、自分で運べ、と言いたい。
だけれども、そうは言えない。
なぜなら、食費が届かなくなるからだ。
そうなれば、文字通り、死活問題となる。
「よいそっと。」
子供も乗りたくないような後部座席に荷物を置く。
「終わった？」
「ああ。」
母さんの問いに、軽く答える。
母さんは、もう既に車の助手席に乗って、スタンバイ済みだ。
「よし、これでもう行くだけだぞ。」
「これでいいんですか？」
バンの運転手が、親父に声を掛けた。
「ああ、長旅になると思うが、よろしく頼むぞ。」
「分かりました。」
そう言って、一礼をすると、運転手･･･もとい社員は、小走り気味にバンに乗り込んだ。
どうやら、親父たちのスポーツカーをあの荷物満載の非力なバンで追うらしい。
かなり理不尽な状況だと思うけれど、困難な状況でも、音を上げないのはさすが開発業といったところか。
「忘れ物は無いでしょうね。」
「ああ、無いさ。」
親父は問いにそう答えると、運転席に乗り込んだ。
「じゃあ、言ってくるからな。」
助手席の窓を開け、助手席ごしに言ってくる。
「ああ。」
「美咲ちゃん、しばらくのあいだよろしくね。」
「いえいえ、そちらこそ向こうで頑張ってください。」
「ありがとう。」
母さんは笑みを浮かべた。
なんとも言えない。
「まあ、寂しくなったら俺を呼べ。」
親父はニヤリと笑った。
「誰が呼ぶか。」
そう俺が言うと、親父は薄笑いを浮かべながら、『アデュース！』と、どこの国の言葉かわからない言葉をはき捨て、
タイヤを鳴らしながら、乾いたエンジン音とともに風のごとく走り去っていった。
法定速度オーバー確実だな。
しかし、あの運転手可哀相だな。
高速なんか、アクセル踏めばいくらでも出る車に、時速100kmで悲鳴をあげる車でついて行くんだからな。
どう考えたって、あの暴走マシンに追いつけるはずが無い。
しかし･･･
「この道路についた、二筋のタイヤ紺はどうするんだ。」
思わず、誰にでもなく聞いていた。
これに白いチョークで人型を書けば、交通事故現場だぞ。
「相変わらず、訳分からん親父だな。」
「ふふふ。」
俺がつぶやくと、美咲が急にくすくすと笑い出した。
「何だ？」
「似てるなぁ･･･って思ったの。」
「･･･」
やはり、第三者から見ても、俺と親父は似ているらしい。
困る。
「まあ、その事はおいといて、何か飲むか？」
「うん、頂戴しま～す。」
ふと、親父が消え去ったほうを見た。
親子だから、思考回路が似ているのは分かっているが、あれが、将来の自分になるかもしれないと思うと、目頭が熱くなった。

今日は月曜日、つまり学校というところに行かなくてはならない。
うちの学校は確かに自由な校風なのだけれども、欠席、欠課、遅刻を増やすと就職などに響く。
「お～い、美咲、早く行くぞ～。」
美咲の家の前で、声を張り上げる。
多分、近所中に聞こえているだろう。
登校期限の8時35分までには、30分以上の余裕があるのだけれども、なんとなく急かしてみる。
「ああ、待ってよ、そんなに急かさないで～。」
どたどたと階段を下りる音がした後、美咲は転がるように外に出てきた。
「7分と20秒だ。」
少し皮肉をこめたように言うと、美咲は顔をむ～っと不満げに頬を膨らませた。
両頬に空気がたまっている。
「てい。」
「にゅっ～」
気がついた時には、手が勝手に反応していて、美咲の頬を両手で摘んでしまっていた。
「あ。」
手を離そうとしても、手が離れない。
ふにゅふにゅしていて、柔らかい。
「う～う～ぅ～。」
反応と柔らかさに感動して、上下左右に引っ張ってみる。
「にゅ、にゅ、にゅ～ぅ」
手の動きに連動して、美咲の顔と反応が変わる。
面白い･･･
･･･
･･････
「英～くぅ～ん。」
そう言われて、慌てて手を離す。
どうやら、美咲の頬をつまんだまま、しばらく固まっていたようだ。
「おっと、すまない。」
「･･･痛いなぁ、もうっ。」
美咲は頬をさすりながら、そっぽを向いて歩き始めてしまった。
反応が妙にかわいらしい。
「なあ、拗ねるなよ。」
「拗ねてないもん。」
とか言いながら、口調も固いし、歩く速度が早くなっている。
おーい、美咲ちゃんよ～。
「･･･」
「美咲～。」
美咲は、すたすたと俺の前を歩く。
その後ろを同じ速さでついていく。
なんとも、登校時間に余裕があるというのに、無言で早歩きとは、なんとも奇妙な光景だ。
周りに、学生が見当たらないのが救いだ。
見られたら、なんだあの変人は、と思われるのが一般的だろう。
「なあなあ、頼むよ、機嫌直してくれ。」
あんまりにも反応が無い。
本気で怒らしてしまったか。
美咲は怒ると怖い。滅多に怒らないけど。
俺は、友人関係を悪いままほおっておくのは好きじゃない。
とくに、美咲ならなおさらだ。
それに、生活のほぼ6割が、美咲の肩にかかっている。
俺が美咲の肩に手を掛けようとしたとき、急に美咲が立ち止った。
「あっと。」
美咲にぶつかりそうになって、慌ててよける。
「？」
振り返ると、美咲がくすくすと笑っていた。
「本気にした？」
「は？」
おどけたように、顔を覗き込んでくる。
俺はというと、ポカンと口を開けてしまった。
顔が、間抜けな表情で固まってしまう。
急な展開でいまいち脳みそがついていかない。
「ぼけっとしてるね。みんなに笑われるよ。」
また美咲は、くすくすと微笑んだ。
「その顔は、本気にしてた顔だねぇ。」
その声に、ハッとして、体の硬直が解けた。
「･･･本気にするからやめろよ。･･･朝っぱらから心臓に悪い。」
少し不機嫌になった俺は、片眉を吊り上げて、ぶっきらぼうにそう答えた。
本当に、朝からこのタイプの冗談はきつい。
また健也みたいな奴の冗談は一発で見切れるんだが、女となると、話は別になる。
特に、彼女をとっかえひっかえしてる輩とは違って、俺には異性の考えを読み取るというシステムがついていない。
「ったく。」
悪態をつく俺の隣で、美咲は学校に着くまでずっと微笑んでいた。

「へぇ･･･親父さんが出張ねぇ。」
勇治が感心したような声をあげた。
「あれ、言ってなかったっけか。」
「初耳だぞ。」
「私も。」
「言ってない？」
二人に確認するように聞くと、勇治と玲菜は、うんうんと頷いた。
いったような気がしたんだけどなあ、最近、記憶力が悪くて仕方が無い。
「で、昨日、美咲に手伝ってもらったわけだ。」
昼休みの屋上、俺たちは、いつもの4人のメンバーで、雑談に花を咲かせていた。
教室にいるより、落ち着けるのがいい。
席はいつものように、2,2で向かい合う形になっている。
「時は水、流れ流れて、大海に。」
「ん？」
「急にどうした？」
「国語の時間に俳句作ったろ？で、なんとなく、今、思いついた。」
「でも、英が作る文とか、詩とか、俳句とかってさ、なんか最後の一詰めが足りないような気がするのよね。」
玲菜がそう言うと、みんな納得したような声をあげた。
「で、どういう意味なの？」
おお、よくぞ聞いてくれた、美咲。
「水はな、人生と時のようなもので、あっという間に川という人生を流れきって、海に注ぎ込む。
海というのは、歴史だ。いままでの歴史からすれば、一人の人生なんてちっぽけに過ぎない、
ただ、そのちっぽけなものでも無いと何も変わらない、という意味だよ。」
「なんとなく、雰囲気としては分かる。」
ただ･･･と勇治は続けようとした。
「あ～あ～、もういい、もういい。」
勇治の言葉をふさぐ。
このメンバーの中には国語5が二人もいるので、
このままいくと、かなりの確率で評論会になってしまう。
もちろん、国語5の連中に俺なんぞ勝てるわけが無い。
「そういえば、美咲って、去年、読書感想文で最優秀賞取ったんだよね。」
玲菜が思い出したように言った。
そうだった、去年の発表会では、美咲が堂々の最優秀賞を取ったのだ。
俺はかなり驚いた。
まさかここまで万能だとは、と。
校内発表会は毎年夏休み明けにある。
恒例行事の一つだ。
夏休みに読書感想文を書かされ、夏休み明けに、国語の担任のチェックを受ける。
見事合格した文は、さらに絞り込まれ、最終的に1つになる。
それが、最優秀賞だ。
どこから聞いた話によると、それを取ると、進学や就職がしやすくなるらしい。
早い話が、推薦しやすくなるんだそうだ。
「俺はとっーーーても驚いた。」
「のばし過ぎだ。」
バンと胸を叩かれる。
どうやら、勇治も俺の処理パターンを読めてきたらしい。
的確なツッコミを入れてくる。
「秘訣は何なの？」
コントは華麗にスルーされ、玲菜が美咲に質問を投げかけた。
俺も、なんでそんなに成績がいいのか、ぜひ聞きたい。
「う～ん･･･」
美咲は3人の視線を浴び、考え込むように首をひねった。
「･･･日記･･･書いてるからかなぁ。」
また、古風な事を･･･
俺も一時期書いたような気もするけど、あまりに文がまとめられなくて、数日で投げ捨てたような記憶がある。
「書くことで、考えをすぐに文に出来るようになるからじゃないかな。よく分からないけど。」
「いつ頃から？」
「え～っと、･･･小学･･･五年生あたりからかな。」
あごに人差し指を当てて、遠くを見るようにそう言った。
書いてることは知ってたけど、ずいぶんと昔から書いてるんだな。
「日記か。･･････たしかに効果ありそうだよな。」
俺には出来そうに無いけど、と勇治は言った。
たしかになぁ、と返事を返す。
「やっぱり、日記をずっと書いてるなんて、この辺じゃ美咲ぐらいだよなぁ。」
「日記だったら私も書いてるわよ。」
「嘘!?」
目を見開いて、オーバーにリアクションする。
「一番縁のなさそうな人が書いているとは。」
すると、カチンときたか、玲菜の拳骨が飛んできた。
当たる寸前で、今まで座っていたベンチから、転げ避ける。
「危なっ。」
「避けるのだけは上手いんだから。」
玲菜のあきれたような言葉を聞きながら、立ち上がり、埃のついた制服をパンパンと手で払う。
金が限られてるんだから、クリーニングにも出せないんだぞ。
「英君って、よけるの得意なの？」
美咲が突然そんな事を聞いてきた。
「は？」
なんでまたそんなことを聞く？
「たしかに、英って避けるのうまいよな。」
「そうなのか？」
疑問に思いながら、転げ落ちた、開けていないパンを拾い、元の場所に座る。
玲菜を見ると、うんうんと頷いた。
「逃げ出すのは苦手だけど、避けるのうまいわよ。」
なんか、話が脱線してきたぞ。
日記の話じゃなかったのか？
というか、そんな技能もってたって意味無いし。
避けるのより、逃げる方が後々有利だろう。
「ぜんぜん誉められてる気がしないぞ。」
「誉めてないもの。」
「･･･」
そんな、下らない事を話しながら、昼休みを過ごした。

5,6時間目と授業は終わり、放課後になった。
放課後になると、俺はいつも手持ち無沙汰になる。
すぐ家に帰ってもいいのだけれども、家には誰もいない。
つまり、話し相手がいないわけで･･･
「なあなあ、勇治君。そんなに慌ててどこ行くんだ？」
かばんに荷物を詰め込んでいる勇治に話し掛ける。
勇治はちらっとこっちを見ると
「俺はぶ･か･つ･だ。」
と、やたら部活の文字を強調してきた。
「美術部も大変だな。」
毎日毎日大変だなぁ、と思う。
「お前もだろ。それに、美術部なんて楽なもんだよ。外見てみな。」
そう言うと、勇治は校庭の方を指差した。
「野球部なんて必死だぞ。」
校庭では、野球部が既に練習をはじめていて、
せっせとランニングをしている。
それだけでも、相当疲れることが見て取れる。
「あれで、一番最後まで活動してるんだからな。」
よく続くものだと、感心してしまう。
自分には、とてもじゃないけど出来そうに無い。
美術部にさえ、顔あんまり出さないんだからなぁ。
「まあ、英もたまには来いよな。」
そう言うと、勇治はタタタと走って教室を出て行った。
その様子を見てふと思った。
『仕事熱心だな。』
サラリーマンになったら、出世しそうだ。

図書室に行って新聞を読んだり、校舎の中をぶらぶらしたり、屋上に行って海を眺めたり、バレー部で健也が酷使されているのを見てきたりしているうちに、5時15分を回った。
今は食堂で、テレビを見上げている。
食堂は昼間に比べると結構静かだ。
人といえば、数人しか見当たらない。
『今日、国会では･･･』
あんな重そうなテレビを天井からぶら下げて、落ちないのだろうか。
見た感じ29型ぐらいだから、50～60kgはあるに違いない。
どういうシステムなんだろう？
あまりに暇なため、そんなことを考えてしまった。
『やっと終わった。今日も大変だったね。』
『そうそう。誇張しちゃだめだし、自然にしないといけないから。』
『でも、小道具の人たちもすごいと思わない？あんなに手の込んだもの作って。』
『たしかにねえ、本物かと思った。』
食堂に三人の女子が入ってきた。
きゃいきゃい騒ぎながら、そんなことを愉快に話している。
大変だとは言っている割に、顔からは疲労の色があまり見て取れない。
「･･･」
はて、どこかで見たなあ、と思ったら演劇部の部員だ。
「･･･」
俺はおもむろに立ち上がって、さっききた女子とは逆に食堂から出た。

校門にある石の門に寄りかかって、空を見上げる。
まだ、空は明るい。
冬に比べると、ずいぶんと日が長くなった。
日に日に、夏になっていく。
そう感じる。
7月20日生まれの身としては、冬色より夏色の方が体に合うので、嬉しい限りだ。
別に、冬が嫌いなわけではないのだけれども。
『あ～、疲れた。勘弁して欲しいよな。』
『ベンチプレスの方がまだ楽だよ。』
今の時間は、ほとんどの部活が終わる時間帯なので、
部活を終わった人たちが、思い思いに話をしながら校門を通り抜けていく。
なかには、奇妙なものを見るような感じでこっちを見る人もいたが、気にしない。
「あ、英、こんなところで何やってるんだ？」
声が聞こえたので、聞こえた方を見ると、健也がいた。
部活で酷使されてきたというのに、ずいぶんとさわやかに見える。
「待ち人でもいるのか？」
「まあ、そんなところだな。」
俺がさらっとそう言うと、健也は笑みで顔をゆがめた。
「ついに、英にも春がきたか？」
「何言ってんだか。･･･それより、健也はどうなんだ？」
「まあ、それは今度暇なときに。」
逃げたな。
まあ、こんな校門の前ではなすことでもないし･･･その今度とやらに期待するか。
「じゃあ。」
「ああ、部活お疲れ。」
パッと手を上げると、健也は長い影を残しながら、校門を去っていった。
「･･･」
さわさわと校門を吹きぬける風が、なんとも心地よい。
ちょっと遅いような気もするけど、まあ、来るまで気長に待ってるか。
あせったって意味無いし、いずれかは来るだろ。
「英則～、何やってんだ？」
結構、話し掛けてくる奴はいるもんだな。
女子は一人もいないけど。
「あ～、この大空のかなたに、宇宙人はいるのかなぁと思ってな。」
空を見上げているときに声を掛けられたので、思いついた事を話す。
宇宙には一億･･･どころか、数え切れないほどの星がある。
と、理科の授業で習った記憶がある。
「そりゃ、居るだろうな。俺たちがイメージしている宇宙人とは相当違うと思うけどな。」
顔を下ろして、声の主を見てから、失敗した、と思った。
自転車にまたがって話すこいつは、やたら宇宙のことに詳しかった。
話し始めたら止まらんぞ。
「人間が発達できたのは手をつかえるから、という仮説があるけど、
そう考えると、重力が地球の数倍もある場所だったら、身長が低くて、骨が太い二足歩行の宇宙人かもしれないし、
逆に重力が火星ぐらいだったら、カンガルーみたいに強力な脚力を持つ二足歩行の宇宙人かもしれない。
そう考えると、すごいと思わないか。」
この、クラスメイトの男、目を爛々と輝かせ、まるで夢見る少年だ。
こいつも、将来、出世してどこかの大学教授にでもなってそうだな。
「自分たちの太陽系がある天の川運河だって、何億個の恒星からなってる、
その恒星のどれかに、生物が住める惑星があってもおかしくないだろ。
隣のアンドロメダ銀河だって、同じように数億個の恒星があるし、
その他にも数億個の恒星から成り立つ銀河が、この広大な宇宙には相当あるんだぞ。」
あまりの熱心さに驚いて、俺も少し考えてみる。
夜空に浮かぶに光り輝く星星、よくよく考えてみれば、星だと思っている中に銀河がある。
その銀河の中に、数え切れないほどの星があって、その中には太陽系みたいなのがあるのかもしれない。
もう一つの地球･･･水の惑星は在るのだろうか。
そこには、人間みたいな知的生命体は居るのだろうか。
そう思うと、不思議でならない。
「地球は、オンリーワンじゃないと思う、レアではあるけれども。」
「結構面白いな。」
「天文部来る？」
感想を素直に言うと、夢見る男はいたずらっぽそうな笑みを浮かべそう言った。
「はは、考えておくよ。」
苦笑いをして返す。
夢見るクラスメイトは、話をする相手が居て満足したのか、嬉しそうに笑うと、ペダルを踏み込んで坂をあっという間に駆け下りていった。
いろんな人が居るな。
そう思った。

何分たったか分からないのだけれども、突然アルト調の声が聞こえた。
「英君？何やってるの？」
「あ？」
『英君』と、言うのは美咲しかいない。
目線を空から美咲に移す。
空を見ていて気がつかなかったけれど、太陽は既に沈み、金星と言う名の一番星が浮かんでいる。
「もう、6時過ぎてるんだよ。」
驚きと、疑問のまなざしで美咲が俺を見ている。
腕時計を見ると、たしかにその辺の時間をさしていた。
校舎はほぼすべての明かりが消えていて、光が残っているのは職員室と、事務室兼警備室だけだ。
遠くに見える街も、ネオンサインが明るく光っている。
「誰か待ってるの？」
様子をうかがうようにそろそろと聞いてくる。
「お前。」
「え？」
俺が即答すると、美咲はかなり驚いたように目を見開いた。
「いやいや、すぐ来るかなぁ、と思ってたんだけどなかなか来ないからさ。」
誤魔化すために、苦笑いをしながら、こんなに待ったぞ、と腕時計をコツコツと中指で叩く。
「なんで待ってたの？」
「あー･･･よく分からないな。」
空を再び見上げて考えてみる。
食堂で演劇部の女子を見て、部終わったんだな、と思って食堂を出た記憶があって、
気がついたら校門の前にいて、美咲を待っていた。
気分･･･か？
自分で自分の行動がわからない。
なんで、こんなところで一時間も待ってたんだ？
「まあ、いいや、さっさと帰るぞ。」
「うん。」
美咲は納得がいかない感じだったけれど、俺が歩き出すと、何も言わずについてきた。
二人で自宅までの短い距離を歩く。
「こうやって帰るのも本当に久しぶりだね。」
「ああ、確かに。美咲は部活だし、俺は帰宅部だし。」
すると美咲は、ふふふと笑った。
「英君だって、部にはいってるでしょ。」
「形の上･･･ではな。」
「じゃあ、なんで美術部入ったの？」
俺を覗き込むように聞いてきた。
「何でだろ、創造、クリエイト･･･ってところに惹かれたのかもしれない。」
少し引きながらそう答える。
「作るって事？」
「ああ。」
俺は物作りが好きだ。選択科目では技術を選んでいる、
小学中学と工作だけは熱心にやった。
中学2年の時はDOHCタイプの4サイクル単気筒エンジンの木製模型を雑誌片手に作ったときもある。
ギアが上手く動かなくて、一週間も悩んだときもあった。
今考えると、よく手作りで作ったと思う。
歯車、バルブ、シリンダ、ピストン、カムシャフト、クランク。
市販のものは、タイミングベルト用のゴムと、駆動用モーターぐらい。
その苦労作は、新聞に載って、図書券3000円分と賞をもらった。
2ヵ月半かかっただけあって、かなり嬉しかった。
「俺は物を作るのが好きなんだ。0から始めて100になった時の達成感、それが忘れられない。
俺は資格をとって、絶対に製造業につきたい、物を作って、世間に送り出す。
そして、夢は世界を驚かせる、『日本にしか作れない物』を作る事。模倣品なんて作ることが出来ない。
それだけハイレベルなものを作ることが出来るんだったら、･･･俺は一生をささげてもいい。」
「･･･」
ふうと息をついて、横を見ると、美咲は驚いたような表情をしていた。
「･･･悪い悪い、ついつい。」
頭を掻いて謝る。
「ううん、いいよ。･･･英君はいいな、将来やりたいことが決まっていて。私は･･･何をしたいのか分からない。」
美咲は落ち込んだように下を向いてしまった。
「今すぐに決めなくてもいいだろ、いつかはやりたい事が見つかるはず。
ガーデンプランナーをやるのもいいと思うし、脚本家だって美咲なら無理じゃない。」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど･･･分からない。」
「世の中にはいろんな人がいる。計算が得意な人、理科が得意な人、地理が得意な人、本当にいろいろだ。
ただ、元はこの頭だ。」
自分の頭をコツコツと叩く。
「この1000ccほどの小さな脳から、知識が生まれ、技術が生まれ、世の中を開いていく。
処理能力は世界最大のスーパーコンピューター並なんだぞ。そう考えると、人間にはいくらでも出来ることがある。
体には限界があるけれど、頭は限界を知らない。使えば使うほど、ニューロンは結合し、新しいルートを作る。
コンピューターは処理は出来ても発想する事、アイディアを作ることは出来ない。ただ、人間はそうじゃないだろ。」
俺はそう言って、ポケットの中から携帯電話を見せた。
「この中には信じられないようなハイテクが詰まっている。でも、作ったのは宇宙人でも、化け物でもない、同じ人間なんだぞ。」
「･･･」
「･･･悪い。」
美咲の顔を見て、思わず頭下げてしまう。
どうも、自分はこういう話題になると、話が止まらなくなってしまう。
悪い癖だな。
遠くで犬の遠吠えが聞こえた。
悲しそうに聞こえる。
「･･･」
「今の話は流してくれ、自分なりの解釈だから。」
「･･･」
「押し付けがましいよな。」
我ながら、まったく意味が分からないと思う。
こんなので、相手の気分がよくなるはずが無い。
浅はかすぎる。
「やっぱり、英君はすごいよ。私には無理･･･」
美咲はつぶやくように、そう言った。
「じゃあ、聞いていいか？美咲はなんでこんなに帰るの遅れた？」
「練習してたから･･･」
「みんなが帰っても練習してたんだろ？だったら、それだけでもすごいじゃないか。何を謙遜する必要があるんだ？」
「･･･ありがとう。」
「何で礼なんか言うんだ？俺は別に何もしてない。」
「ううん、いいから･･･言わせて。･･･ありがと。」
「･･･」
「･･･」
それから、無言のまま帰宅した。
ただ、逃げ出したくなるような沈黙じゃなかった。
むしろ、心地よい沈黙を味わっていたような気がする。

別れ際に美咲と挨拶をしてから、家に入った。
カギを回す音さえ、静けさを誇張するためにあるとしか思えない。
「あ～、ただいま。」
誰もいないのに、ついつい言ってしまう。
なんとも悲しい性だ。
靴を適当に脱ぎ捨てて、リビングとは反対側にある和室に入った。
制服を、ハンガーにかけて、棒に枝が生えたような木製のハンガー掛けに引っ掛ける。
「疲れるな。」
風呂を沸かす気も、飯を食べる気も、作る気にもなれず、布団を押入れから引っぱり出す。
前は飯を食べないと腹が減って眠れなかったのだけれど、自分で作るとなるとおっくうで、食べたくもなくなってくる。
不思議なものだ。
「おいせっと。」
適当に整えたところで、布団の中に入る。
二階のベットで寝てもいいのだけれど、どうも自分には日本人としての血が流れているようで、朝日が入るこの畳部屋で寝た方が、体力が回復できる。
それに、こっちの方が落ち着く。
「あ～あ。」
あくびをして、瞼を閉じると急速に睡魔が襲ってきた。
土日と引越しの手伝いをし、さらに今日も早起きしたせいだろう。
「･･･」
一日の回想をする暇も無く、視界がフェードアウトしていった。

初版完成日
2004/03/12 02:48

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