身近にある絆
(第五話)



「ほれ〜がんばれ〜。俺が応援してるからな〜」
説得力が無いといわれようが気にしない。
先ほどから目の前で行われている戦いを見る。
直径が一尺ほどのまるーい球が右に行ったり左に行ったり、上がったり落ちたりをせわしなく繰り返している。
せわしないったらありゃしない。
至近距離で見ていると目が回るぞ〜。

さっきから何を見ているのかというと、言い出すと長くなる。
四月の下旬というと、決まってある行事が行われる。
よく飽きもせずやるものだと感心してしまうその行事というのは、『地区総体』と呼ばれる運動競技の総体。
運動競技ということで、美術部の俺は全く関係が無いはずだった。
ある出来事が無ければ。

運動部が必死に練習しているのを尻目に、俺は美術部の活動として、
憐先生からわたされたカメラを使い、写真をとっていた。
先生も絵ベタな俺ができる事はこれぐらいしかないと見込んでの事だろうと思う。
まあ、普通なら十分に失礼な話だが、実際そうなのでどうしようもなかったりする。
校舎を撮ったり、花壇を撮ったり、運動部の活動を撮ったりしていると、突然声がかかった。
『バレー部の応援にきてくれないか?』と。
そう言ってきたのは、中学の時と高一の時のクラスメイトだった川渕智からだった。
断ろうとも思ったのだけれど、『まあ仲のいい友達が言うことだしまあいいか。』
と思って、二つ返事で『いい。』と言ってしまったのだ。

「がんばれ〜。」
そう言いながら、約一尺の球を目で追いかける。
「疲れる〜。」
球がようやく床に落ちたところで、小さく言う。
応援なんぞ簡単なものだと思ったらこれまた大間違いだった。
他の学校の生徒もいるものだから、1体育館、2コートでは試合の進行に時間がかかる。
だから、午前午後の約3割は体育館にいるようなのだ。
3割だからとは言っても侮ってはいけない。
声を上げているため、3割といえども辛い。たかが、3割されど3割だ。
「健也〜へますんなよ〜。」
バシバシとメガホンを叩く。
気の抜けた応援を送る俺はさておき、他学校の生徒はかなり真剣に応援をしている。
それをみているだけで、かなりの意気込みが感じられる。
「・・・」
負けてはいられない。ということで、メガホンをバシバシと叩く。
いいかげんに声を上げるのは疲れた。
しばらく、叩いていると、メガホンはすっかり形を変えて楕円形になった。


午後の部が始まると、どこのチームも声援に力が入ってきていた。
まあ、それも準決勝まで試合が進んできたためだろう。
うちのバレー部も奇跡が起こったのか、準決勝まで這い上がってきている。
「健也っ!」
「おっと。」
あわただしく、ボールがやり取りされる。
選手たちの額には汗が見え隠れしていて、試合の過酷さが見て取れる。
右に左にと翻弄されているように見えるということは、前年度優勝校の力はだてじゃないということだろう。
「負けんなよ〜!」
白熱したバトルを見ていると、どうも熱がはいってきた。
「よし!行け、行け〜!」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・


ちらっと、腕時計を見ると6時頃だった。
もうこの時間になると、開催校である、俺たち生徒以外はいなくなっている。
体育館には数人のバレー部+俺+憐先生しかいない。
ちなみに、なぜ憐先生がいるのかは全くもって不明だ。
試合は1時間前に終わり、表彰式などが行われた。
悔しくて泣いている人もいれば、笑顔があふれて止まらなくなっている人もいる。
負けがあれば必然的に勝ちがあり、勝ちがあれば必然的に負けがあるということか。
「おいせ、おいせ。・・・おい、健也。向こう側もってくれ。」
10kgほどある、支柱(?)を運ぶのを手伝ってもらう。
10kgといえども、長さがあるので一人で持つとバランスが悪い。
バレー部が片付けをするこの片付けを、なぜか頼まれてしまった。とは言っても、一つだけだが。
「なあ、健也。今日はどうだった?」
健也と二人でポールを運びながら聞いてみる。
ぜひ、今日の感想を聞いてみたかったからだ。
「やれる事はやれたから。悔いは無いかな。」
健也はにこやかに笑った。
「だろうな。」
ぎりぎりまでボールを追いかける姿は、男の俺から見てもかっこよかった。
ヤンキーみたいに外見だけを着飾るのではなく、
外見は決して主張したりしないけど、中身がしっかりしている、という感じだ。
必死になってボールを追いかける姿を見ていてふと思った。
『あそこまで努力が出来る人は、人がしっかりしている証拠なんだ。』と。
全力で打ち込めるものがあるという事は、何事にも代えられない技能あるいは力だと思う。
そう考えると、最後の最後まで頑張っている健也に対して、俺が『あほ。』とか『バカ。』とか言える権利は全くない。
「・・・」
「どうかした?」
健也に言われてハッと現実に戻る。
「いや、健也の事、見直したよ。」
「おだてても、なにもでないけど。」
「別に何もいらん。」
ガチャンと音を立てて支柱が支柱掛に収まった。
独特の金属音が響く。
「そういえば、憐先生、お前の事見てたぞ。」
「え?」
健也は驚いた表情をした。
「なんだ、気が付いてなかったのか。」
ステージの上を見ると、憐先生が、得点係の生徒と話をしてる様子が見えた。
憐先生は試合の最後の方に体育館に来ていた。
試合の様子を俺の近くのイスに座って見ていて、得点が入る度に歓喜と落胆を繰り返していた。
そして、こうも言っていた。
『健也君っていっつも怒られてばっかりだけど、こう見るとかっこいいよね。』
と、俺はそうですねぇと相槌をうっておいた。
「お前の事、かっこよかった。って言ってたから安心しろ。」
「・・・」
健也は黙ってステージの方を見た。
その目には多分、憐先生が映っていることだろう。
俺はそんな状態の健也の肩をぽんぽんと二回叩いて言った。
「まあ、・・・優勝おめでとう。」
「ああ。ありがとう。」


カレンダーをちらりと見ると、もう5月半ばにさしかかっていた。
時間というのは、長く感じたり短く感じたりと不思議極まりない。
あの後、バレー部の快進撃は地区総体だけにとどまらず、県大会まで行ったが、準決勝で敗れてしまった。
まあ、某長身バレー部員に言わせれば、後悔は無い、との事だった。
ちなみに、初のバレー部地区総体優勝の賞状は、職員玄関のクリアケースにしっかりと入っていて、誇らしげだった。
バレー部がここまで活躍した事は今まで無かったらしく、憐先生も驚いていた。
まあ、特筆すべきはいつもボケをかましている健也の活躍だと思うのだが。

「夏になってきたね。私、夏って好きだな。」
「俺も夏生まれだから、夏好きだ。」
半分ほど開けた窓から、夏色の混ざったやわらかな風が部屋の中に流れ込む。
現在時刻は午後の2時。
美咲と俺は先ほどから俺の部屋で話をしていた。
普通、女友達を自分の部屋に招き入れるという事は、まあ、なんというか・・・する事が決まっている、見たいな感じがあるのだが、俺たちに限ってそれはない。
昔から一緒だったから、そういう感情が無いのかもしれない。
美咲はちょくちょくにではないにしろ、暇な時になると遊びに来る。
いつか、『友達と買い物とかに行かないのか?』と聞いたら、
『う〜ん・・・みんな流行に乗ろうとして、いろんなもの買ったりするみたいなんだけど、私はそういうの苦手だから。』
という答えが返ってきた。
まあ、俺自体ちゃらちゃらした服装とかかっことかはあまり好きじゃないから、美咲の考え方には十分納得できる。
そういえば、今日も流行とはかけ離れた、薄いみどり色のワンピースを着ているし。
「今日もいい天気だね〜。」
「あ、ああそうだな。」
危なく思考の渦に陥りそうなのを、あわてて復活させる。
美咲はそう言うと、からからと窓を開けてベランダに出た。
「こういう日はどこかに出かけたくなるね。」
「だな。」
美咲の隣りに立って一緒に風景を見渡す。
空は一面の青一色で、見ていて気分がいい。
それに、4月の初旬の頃に比べると、緑があきらかに増えているのも、そう思わせる一要因だろう。
少し耳を澄ますと、鳥の鳴き声が聞こえてきた。
何の鳥かは分からないけど、澄み切った高音が、これまた心地よい。
朝起きる時に聞いたら、いい一日になりそうだ、と思うに違いない。
この辺は街の中心街から結構離れているため、自然が多い。
ここからも、山が一望できたりする。
たしか、標高200mぐらいの山だったか。
高くないし、山の形状がかなりなだらかなためか、山の中腹にも段々畑状に家が点在したりしていて、昔はよく遠足などで登ったものだ。
「あ、そうだ。」
美咲は思い立ったように急に声を上げると、『神社行こう』と言い出した。
「なんでよ?」
美咲の考えがいまいちつかめない。
なんで、"神社"なのかが、分からん。
「う〜ん・・・おみくじ引きたいし、ただなんとなく見えたから。」
少し考えてから、そう言うとひょいっと神社のある方を指差した。
確かに山を少し上ったところに、神社はある。
高さ的には俺たちが通ってる高校と大して差が無いように見えるけど、
距離が・・・。
2kmぐらいあるか。
人間が歩くのがだいたい時速4kmだから、往復1時間の道のりだ。
残念だが、そんな道のりを歩けるほど無駄な体力は残っていない。
やはり、休みは休みらしく、休むのが休みってもんだろう。
「行くのか?」
「うん。もちろん、英君も来てくれるよね。」
「うっ・・・」
たのむから上目遣いで俺の事を見ないでくれと思う。
女の人ってずるい。
男なんかこんな事できっこないし、第一想像しただけでも気分が悪くなる。
「あ〜あ〜分かった分かった。」
「よかった。」
いつまでも、あの目で見られている自信が無かったので、同意してしまった。
ちょっとしいてやられた、という顔の俺に対して、
美咲は、にぱぁと弾けるような満面の笑みを浮かべていた。


美咲と一緒にやたら長ーい道を歩いて、ようやく神社に到着した。
境内には、ベンチに座った老人や、ボールを蹴って遊んでいる子供たちが見受けられる。
この神社は、あまり大きくはない。ただ、境内がとにかく広い。建物を除いても100mX100mは余裕である。
そのためか、夏になると夏祭りが行われ、夜店が並んだりする。
去年は、人があんまり捉まらなくて、美咲と二人で行ったんだよな。
「何度来ても、最後の階段が辛い。」
俺は今まで上ってきた階段を見た。
運動していないためか、体にこたえる。
コンクリート製なんかではなく、石をつんで出来たような階段で、なんとも風情がある。
ただ、段数が多い。
心臓破りとは言わなくても、四半心臓破りだ。

折角、ここまで歩いてきたのだから、ここはひとつお参りでもしていくのが筋ってものだろう。
おみくじを引くためだけじゃ、勿体無いったりゃありゃしない。
「久しぶりだな〜ここに来るの。」
一歩先を歩いていた美咲が振り返った。
セミロングの髪がふわりと浮く。
「俺もだ。たしか、勇治とか玲菜とかと元旦にきたのが最後だったと思う。」
「そうそう。英君『あ〜500円玉入れちまった〜!』って騒いでたもんね。」
美咲はその時の俺の取り乱す動作を真似してから、可笑しそうに笑った。
「それを言うな。」
「え〜面白かったよ。」
「別にコントしてるわけじゃねい。」
まあ、ぎゃーぎゃー騒いでいる美咲はほおって置おこう。
賽銭箱に50円玉を放り入れる。
「・・・」
鈴をがらんがらんと豪快に鳴らすと、境内に響き渡った。
まあ、大して頼むような事は無いけど、まあ楽しい一年になりますように、とでもお願いしておくか。
あと、無病息災、交通安全だな。
・・・・・・この内容じゃまるで、正月だ。正月。
二杯一礼をしてから、隣りを見ると、美咲がまだ手を合わせていた。
そんなに、お願いしたいものがあるのかね。
う〜む乙女心はわからん。

「じゃあ、おみくじ買おう。」
「ああ。」
やっと終わったのか。
やたら長かったな。でも、多分神様は全角128文字以上はカットするだろう。
許容文字オーバーだ。
お守りやら、札やらを売っているところにおみくじはあった。
500円を入れて、一枚を取り出す。
美咲も500円を入れて同じ様に一枚を取り出した。
微妙に緊張するんだなこれが。
たんなる紙なのに、早く見たいような見たくないような、そんな感じがするのだ。
美咲もどうやら同じ・・・
・・・
・・・・・・だと思ったら、もう開けていた。
しげしげとした表情で、縦長の紙を見ている。
「・・・」
なんとも言えない、虚しいような気分になって俺も開けた。
行書体に近いような文字で、文が書かれている。
読めないわけではないけど、読みにくい。
「・・・・・・『吉』だと。・・・美咲は?」
なんとも定番の結果だが、凶が出るよりはいいだろう。
「知りたい?」
おどけた表情で聞いてくる。
どうせ、知りたくないといっても言うんだろうなぁ。
「知りたい。」
美咲がへそを曲げたらろくな事が無いので、挑発に乗る事にする。
「私は・・・大吉でーす。」
美咲は数秒の間を置いてから、ババンとおみくじを突き出してきた。
一番上には、大吉の文字が。
なんという奴だ。
俺は今まで大吉を出した事は一回も無いのに、美咲はいつも中吉以上を出している。
なんか、納得がいかないけど、多分、俺は生まれつきくじ運が悪いのだろう。
そういうことで納得しておこう。
深く考えると、ろくな事が無い。
「ふふふ。いいでしょ。」
「ああ。んだな。」
嬉しそうな笑みを浮かべながらそう言った美咲は、またおみくじの解読にかかった。
さて、美咲は美咲に任せておいて、やはりおみくじで一番気になるのが、この恋愛という部位だ。
まあ、俺に好き好んで寄ってくる人はまずい無いとしても、気になる。
なんと言ったって、17年間音沙汰無しだったから、そろそろ俺も彼女が欲しかったりする。
ただ、彼女が出来たとしても、そんじょそこらの短命なのは嫌だ。
どうせなら、最後の最後、それこそ死ぬまで一緒にいたい。
そう思うのは、俺だけだろうか。
そんな事を考えながら、おみくじを見た。
・・・なになに『いつも近くにいる人と結ばれそう・・・』
・・・いやまて、身近な人って・・・なぁ?
ちらりと美咲の様子を見てしまった。
いやいや、それは無いだろう。
あまりにも近すぎる。
すると、玲菜か?
まさか、俺のこといっつも罵ってるからそれはないだろう。
それとも、近所の美人のお姉さんだろうか。
いやいや、たまに道端でばったり会って、軽く話をするだけだしそれもあるとは思えない。
「美咲、ちょっとそれ見せてくれ。」
「え、まだ見終わってな・・・」
なにかを言いたげなのを無視して、おみくじを美咲の手から取った。
なんか、嫌な予感がした。
2枚のおみくじを見比べて、驚いた。
両方とも"恋愛"のところに
『いつも近くにいる人と結ばれそう。』
と記されていた。
「美咲美咲。・・・ちょっとここ見てみ。」
俺は美咲を呼んで、確認をさせた。
これで間違っていれば、俺がみまちがえたと言う可能性が十分にある。
ただ、美咲も確認できれば間違いないだろう。
『こことここ』と言っておみくじの例の文のところを指で指す。
「・・・」
「・・・」
「え?」
思わず二人とも顔を見合わせてしまう。
美咲は戸惑った様子で、俺から2枚のおみくじを取ると、自分で再び確認をし始めた。
いや、まさかなあ。
このおみくじって、いつまで有効なんだ?
正月に引く時は一年を想定して見ているが・・・。
じゃあ、少なくとも次に引く来年の元旦までという事か?
あと8ヶ月は余裕である。何が起きてもおかしくない。
たかが、紙切れなのに、おかしいぐらいに現実味があった。
深く考える事なんて無い。
たかが紙切れだ。
そう、たかが紙切れ。
美咲を女として考えてしまう事は確かにある。
ただ、なんとなく、親父からみた娘みたいな感じではあった。
昔から付き合ってきていてたから、そんな感じになってしまったのかもしれない。
街で男に話し掛けられているのを見たときは、殴りそうになったし、
クラスメイトが美咲の話(もちろん彼女にしたいとかその手の話)をしていた時は、
強引に話を変えてしまった。
よく考えれば、あの感情は一体なんだったのだろうか。
深く考えれば考えるほど答えは出てこないように思える。
「よく分からん。」
「どうした?」
突然男の声がした。誰だ?と思い顔を上げると、健也がそこにいた。
「すごい複雑な顔してるぞ。」
心配そうな顔でそう聞いてきくる。
なんでここにいるんだ?と聞く気力も無い。
こいつは常に、奇想天外神出鬼没だし。
「美咲とおみくじ引いたのはいいんだけど、書いてある文が同じだった。」
「偶然の一致ってやつだな。そういえば、ここの神社のおみくじって、手作りで、当たるって有名だよな。」
「・・・」
健也の言葉に黙ってしまった。
ここの神社のおみくじは機械で大量印刷したものじゃなくて、手作りと聞いた事がある。
だから、手書きで書かれたような文字で、値段も500円と高いんだとか。
それに、よく当たると噂で聞いた事も数回だけでは止まらない。
いや、しかしなぁ。
額を手で押さえながら美咲を見ると、美咲は俺に背中を向けていて、固まっていた。


しばらくの間、健也とあーだこーだと話をしていると美咲が我に帰った。
「え?」
「お帰り。」
「あ、美咲ちゃんこんちは。」
「あ、健也君。」
美咲はなんで健也君が?という顔をしている。
それが分かったのか、健也は適当に話を始めた。
「ちょっと、お守りを買いにね。・・・交通安全と、無病息災のやつ。」
「どうせ、憐先生にでもやるんだろ。」
すこし、皮肉を込めて言う。
こいつのパターンは数ヶ月ボケに付き合えば、誰でも簡単に読める。
あと健也、お守りをやるのはいいが、間違っても縁結びだけは止めておけ。引かれるから。
「ぐっ・・・・・・」
健也はたじろんで、数歩引き下がった。
美咲は突然投石でも食らったように驚いている。
まさか、どっかのドラマみたいな事が身近で起きていたとは思っていなかったのだろう。
俺も始めは無謀だから止めとけだの何だの言っていたような気がするが、
あまりにも、健也が真剣なものだから、応援せざるおえない。
「え?本当なの?」
「ま、まあ・・・」
「そうなんだ。がんばってね。」
「え?」
美咲が笑って励ますと、今度は健也が驚いた表情をした。
まさか、美咲にがんばってと言われるとは思っていなかったのだろう。
俺だって、まさか美咲がそう言うとは思ってもいなかった。
「ありがとう。」
「たいした事じゃないよ。」
「じゃあ、俺たち帰るわ。」
「そうか、じゃあな。」
「じゃあ、また来週ね。」
「ああ、また来週。」
そう言って、健也と俺たちは別れた。


「いや、珍しい事もあるもんだ。」
「そうだね。」
帰り道はちと話のネタで困ったが、まあ、おみくじのネタで繋いでいた。
軽く流しているつもりだが、やっぱり、美咲の事を今まで以上に意識してしまう。
美咲は一体、どう考えているのだろうか。それが気になる。
表情を見ても、まったく考えている事が読み取れない。
あと、おみくじは、なんとなく、福が来そうだったから、財布に入れておいた。
美咲はどうしたのかは分からなかったけど。
「じゃあ、また明日な。」
家の前に戻ってきたので、俺は切り出した。
「あ、ちょっと待って・・・まだ時間あるし、お邪魔していいかな?」
俺の様子をうかがうように聞いてくる。
「ああ、別にかまわないが。」
カギが入れてある郵便受けを覗くと、俺宛の封筒が入っていた。
なんだろう。
俺宛にはめったに郵便物なんかこないのに。
不審に思いながらも、封筒をズボンのポケットに突っ込んだ。

カギを開けて家に入ると、美咲をリビングに通した。
「まあ、適当に座ってくれ。飲み物いるか?」
「じゃあ、いただくね。」
「烏龍茶でいいか?」
「うん。」
「親はいないんだ。」
「ああ。」
親父は仕事、お袋はどっかに出かけていたので、リビングは空いていた。
多分、中心街のデパートにでも行っているか、それとも友達と飲み会(お茶会とでも言うべきか)にでも行っているんだろう。
まあ、なんだかんだ口出しする事じゃないな。
適当に結論を作って考えを切り上げた。
烏龍茶を取り出して、コップ2つに注ぐ。
キッチンからリビングを見ると、美咲はソファーにちょこんと座って、外の様子を眺めていた。
俺はついでだからポケットから、封筒を取り出して、調理バサミで封を切った。
横長の封筒から出てきたのは、紙切れ三枚。
それ以外は何も入っていなかった。
映画試写会当選のご案内・・・だと。
・・・そんなもんに応募なんかしたっけか?
・・・・・・たしか、結構前に雑誌の懸賞に応募したような・・・してないような・・・。
それが当たったのか?いまいち実感が無い。
なんかなぁ。
2枚あるけど、誰と行けばいいんだ?
手に持ったチケットを見ながら尋ねるように聞いてみる。
「美咲。今日みたいな、おみくじって信じるか?」
「私は、信じたい・・・かな。」
美咲は消え入るような声でそう言った。
「え?」
「なんでもない。なんでもない。」

「はいどうぞ。」
「ありがとう。」
美咲に飲み物を出して、俺も反対側のソファーに座った。
「今度、映画観に行かないか?」
「え?どうしたの急に。」
美咲はきょとんとした表情で聞き返してきた。
「いや、チケット当たったからさ、一緒にどうかなと・・・」
そう言って、美咲に2枚のチケットを見せる。
なんとなく、行く人は美咲以外にいないような気がした。
もちろん、時間が合う合わない関係なく。
「私で、よかったらいいよ。」
美咲は少し自信が無いように、そう呟くいた。
「6月1日、日曜日だから、空けておいてくれよ。」
「うん。」
「ドタキャンは無しな。」
「分かってるよ。そんなことする訳ないじゃない。」
美咲は嬉しそうに笑った。
その顔を見ていると、自分の顔がゆるくなるのを抑える事が出来なかった。
美咲を誘ったのは失敗じゃないな、そう思った。


ピピピピと、やかましく時計が鳴り、いやおう無しに学校が始まる、という事を実感させられる。
「うるへー」
バシッと目覚し時計の上部を叩き、"ピピピピ"を黙らせた。
もう少し寝ていたい気もする。
ただ、これ以上寝ていると美咲が部屋に上がりこんでくるので、それだけは避けたい。
起こされるのが嫌なのではなくて、寝顔を見られるのが嫌なのだ。
俺をゆさゆさと揺らして起こしてから、
『くすっ』と微笑んで、いいものを見た、という顔をするのはやめて貰いたい。
しかも、『何で笑う。』と聞くと、『寝顔が可愛かったから。』と言うもんだから、
顔が赤くなってしまって仕方が無い。
可愛いと言われるのは、あんまり嬉しくないというか、複雑な心境になる。
「む〜」
考えに踏ん切りをつけてから、起き上がって支度を始めた。


リビングに入ると、俺の両親と話をしている美咲の姿がそこにあった。
さすがに毎度・・・ではないけど、度々ある状況なので、何とか驚かずにすんだ。
何の話をしていたのかは分からなかったけど、多分俺の事でも話してるんだろうなあ、と思って、あえて口出しはしなかった。
しかし、俺の両親と話をしている姿には、まったく違和感が無かった。
このまま、この家に居座るんじゃないのか?
などと思ってしまうほどだ。


「おい、今日、美術室来いだってよ。」
「あ?」
昼休み、やる事が無いので、頬杖をつきながら、机でぼけーっとしていると、勇治に声をかけられた。
「美術室?なんかあるのか?」
美術部に呼ばれる・・・と言う事はほとんど無い。
たまに、勇治に引っ張られて顔をだすぐらいだ。
もちろん、勇治自体が俺の事を見捨てているので、めったに引っ張られる事は無いが。
「なんだ?その露骨に嫌そうな顔は。」
しまった、顔に出てたか。
少しはポーカーフェイスを身につけないと、ろくな事が無いぞこれは。
「あ〜分かったよ。今日の放課後行けばいいんだろ?」
投げやりに言うと、勇治はため息をつきながら「忘れるなよ。」と言って、どこかに行ってしまった。
そういえば、玲菜に呼ばれたり、部に行くようだったり、すっかり美咲の演じる劇を観に行くのを忘れてたぞ。
あ、でも、まだ完成してないとか言われてたっけか。
しかし、部活いくの面倒だ〜。
・・・別に部を見捨てているわけではないのだが、わざわざ別校舎の隅っこにある美術室まで行く労力が無いのだ。
それに、美術部に顔を出したとしても何をすればいいのかさっぱり分からん。
美術部の事を思い出していると、このクラスの担任でもあり、部の顧問でもある憐先生の顔が浮かんできた。
あの人、結構仕事熱心なんだよな。
手を抜くときはしっかり抜いて、手を込めるときはしっかりやる、という見かけによらず、
かなり回転バランスのいい人だ。
「憐先生ねぇ・・・。」
「なんだ?憐先生がどうしたって?」
俺が呟くと、後ろの席から声がかかった。
そういえば、俺の席の後ろにはやたら『憐先生〜。憐先生〜。』とうるさい奴がいた。
それに、かなり小さく呟いたはずだったが、・・・どうやらこの男の"憐先生"感度は半端ではないらしい。
この男が、
『手伝いましょうか?』
とか、言って白々しく先生にお近づきになるのはざらで、ちょくちょく職員室にも顔を出しているらしい。
この前なんか、こうも言っていた。
『憐先生がさ、『私って、いい年なのに子供っぽいところがあるから嫌なのよね。』って言うんだよ。』
『ほうほう。で?』
『俺は言ったんだよ。『それで良いんじゃないですか?可愛いですし。』って。そしたら、顔真っ赤にしちゃってね、
もう可愛くて可愛くて仕方が無かったよ〜。・・・・・・もう、 あの時はどうにかなりそうだった。』
『・・・・・・・・・・・・・・・』
俺はあの時なんと反応すればいいのかが分からなかった。
あのやり取りを思い出して、今でも思う事がある。
健也が言っていた、『どうにかなる。』とは一体どういう事なのかと。いまいち俺にはそれが理解できない。
むしろ、『理解したくないが為に頭が理解させない(しない)。』という方が表現としてはあっているかもしれない。
「で、なんだ?身長180cm、足30cmの大男。」
「俺が聞いたんだぞ?ちなみに180cmじゃない。179cmだ。」
健也はすこしむすっとした表情をすると、やたら"179cm"を強調してきた。
「大して変わらんだろ。」
「1cmの違いを侮ってはならん。たかが1cmされど1cmだ。だいたい1cmと言ってもな・・・」
握りこぶしを作り、興奮した様子だ。
そのままいくと健也が演説を始めそう(もう始めてるか)だったので、今回の勝負は俺が折れる事にした。
朝っぱらからさわがしく生きているというのに、昼休みまでもこんなことをしていたら、放課後までまるで持たない。
「あ〜あ〜・・・分かったわかった。だからな・・・」
俺はしかたがなく、興奮した様子の健也にしぶしぶ説明を始めた。
ようは『たいした事じゃないから、少し休んでろ。』と言いたいのだ。
話が終わったところで、俺は切り出した。
「ところで、お守りどうなった?」




2003/01/31


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