身近にある絆(第四話)
気が重いまま、放課後になった。
理由は多々あるが、一番の原因は玲菜に"また"弓道部に来い。と言われた事だ。
呼ばれる・・・と言う事は、雑用を押し付けられると言う事以外の何ものでもない。
クラスメイトたちは思い思いに、部活に行ったり、下校してたりしていて、楽しそうに見える。
だから、今、この学校中で一番テンションが低いのは間違いなくこの俺だろう。
額に手を当てると、自然にため息が出た。
「どうした?」
急に声がかかったので誰かと思い顔を上げると勇治がいた。
「今日は、部活いけないからよろしくたのむ。」
そう言って右手を上げる。
納得しろという意味だ。
「なんだ?急用でもできたのか?」
勇治はそう言いながら俺の前の席に座った。
「弓道部行ってくる。」
「・・・また雑用か?」
黙って首だけ縦に振る。
すると勇治は眉間に少しだけしわを寄せた。
多分、『また餌食になったのか?ご苦労なこった。』などと考えてるに違いない。
「いつも思っていたんだけどさ、どっかの姫君に、その手下って感じだな。」
「?」
意味がわからず、首を傾げてしまう。
いまいち、勇治が言っている事が理解できない。
「お前と小宮の事だよ。」
一言補足されて、やっと意味が理解できた。
姫君イコール玲菜嬢。で、俺イコール手下。
立派なイスに座った、姫君と、姫君の雑用を任されている俺の姿が目に浮かぶ。
気にくわない事があると、物投げつけてくるんだろうな。
・・・・・・
『何よこれは!』
『はい?それではないのでしょうか?』
『違うわよっ!』
そう言って玲菜姫は手元にあるものを投げ付けてきた。
『痛っ・・・や、やめて下さいぃ〜』
・・・
・・・・・・
やばい、目頭が熱くなってきた。
もしや、俺と玲菜の前世ってそんな感じだったに違いない。
「・・・たしかに、考えるとそんな感じだな。それにしても、"姫君"と言うわりにはずいぶんと口悪くないか?」
「お前にだけだろ。」
「う〜む・・・・・・」
去年の夏以来・・・なのかどうかは覚えていないが、たしかに玲菜は俺にだけ見下したような態度をとるし、
喋り方も若干ながら高飛車だ。
むろん、自分にも非があるから仕方が無いが。
「しかし・・・去年のこと思い出すよ。」
勇治はおどけたように、ニヤニヤと含み笑いをしながらそう言った。
あの、去年のハプニングの事は完全に頭に染み込んでいた。
つい、昨日のことのように思い出す事ができる。
むろん、あまり思い出したくは無かったが、思い出してしまった。
玲菜のあの引き締まった体・・・・
全身にかけてある女性独特のやわらかい曲線・・・
くびれのあるウエスト・・・
それとあのやわらかそうな胸・・・・・・
・・・・・・い、いかん、鼻血が出そうだ。
それ以上思い出すと心臓に悪いので、俺は頭をふって考えを飛ばした。
「玲菜の奴、お前の事、顔燃えそうなぐらいに真っ赤にして怒ってたよな。」
玲菜の暴走にははっきりいって驚いた。
自分の家を爆発された時のようなおろおろ感と、悲しみ。
なおかつそれを上回る規模の大切なものを捨てられた時のような怒り。
「いや〜あの時の英則は滑稽だったな・・・。はっはっは。」
「笑うな。」
俺は笑いを噛み締めながらも、あふれてしまっている勇治にツッコミを入れた。
玲菜の半裸を見てしまった時、俺と玲菜・・・プラスおまけの美咲の間の時間が完全に止まった。
液体窒素とかそういうレベルではない。
絶対温度まで冷却された2000リッターの液体ヘリウムが頭の上から降り注いだと言う感じだ。
どのぐらい固まっていたのか分からないが、驚愕が解けた瞬間、玲菜がお約束のように悲鳴をあげたのだ。
そう、『きゃーーー!』と
それを聞きつけた、勇治がやってきて、どたばたのコントに突入した。
俺は、正座をさせられて、2時間ほど説教を食らった。
美咲と勇治は、何をするわけでもなく、部屋のベランダに出て海の方を見ていた。
たぶん、『残念ながらお前を助けてやる事はできない。』と考えていたか、呆れてものも言えなくなっていたのだろう。
俺はあれほど夜の海と夜空が遠く感じた事は無かった。
「・・・・・・で、今年も連れてってくれるのか?」
勇治は何かを期待するような面持ちで聞いてきた。
「旅館にか?」
勇治は黙って、首を縦に振った。
「・・・行きたい?」
「もちろん。」
即答か。
俺は今年も行きたいと思っていたので、味方が出来たのは心強い。
玲菜を含め友達とぎゃーぎゃー言い争るのはあんまり嫌ではなかったし、楽しい。
結局はいくら玲菜と騒いでも、自分はそれが好きなのだ。
「一泊二日でいいか?」
「・・・去年はそれで少し遊び足りなかったぞ。」
「同感だ。」
去年は期間が短い事もあいまってお泊り会みたいな感じだった。
たしか一泊二日で4000円だったような気がする。
だから、二泊三日で6000円ぐらいか。ちと、自分のような貧乏学生には辛いが、普通の旅館よりはかなり安いだろう。
「二泊三日で大体一人6000円ってとこか。あと、朝飯と昼飯は無し。」
「いいじゃん。」
「実際、泊れるかどうかは別として、一応連絡でもいれておくよ。」
「夏休み前になったら、美咲と玲菜にも言っておくか。」
「そうだな。あんまり早く話し出すのも気が引けるし。」
なんか、あっという間に決まった。まあ、美咲と玲菜にも聞いてみないとわからないけど。
「じゃあ、俺は弓道部に行ってくるよ。」
いつまでも話をしているわけにはいかないので、俺は話を切り上げた。
「ご苦労さん。」
俺は勇治と別れて、教室を後にした。
もう、ほとんどの人が下校・・・あるいは部活に行った今の時間帯は校舎内が一気に静かになる。
耳を澄ませすと、野球部の威勢のいい声が聞こえてくきた。
いつもいつも、よく頑張っているな、と感心してしまう。
階段を下りて、昇降口から靴を履いて外に出る。
校舎から北東の方向に進むと、そこに弓道場と弓道部の部室がある。
「今日もやってるな。」
案の定、今日も矢が的に当たる小気味いい音があたりに響いていた。
弓道部の形状は、まず矢を打つ場所・・・つまり射場があって、その上に屋根がかかっている。
そこから、28メートルの間をはさみ、的場と言われる的が数個ある場所がある。また、そこにも屋根がかかっている。
的場には安土という土が盛ってあって、矢が刺さっても大丈夫なようになっているらしい。
的には俵みたいなのを使っているらしい。実際の競技では何を的に使うのかはよく分からないけど。
俺は弓道部に通っているからと言って、俺は別段弓道に詳しいわけではない。
だって、いっつも雑用だし。
俺は射場の様子をながめる事にした。
しばらく様子を見ていると、玲菜が矢に手をかけた。どうやら次は玲菜が射るらしい。
玲菜は弓道着に身を包んでいる。黒く長めの髪が玲菜の美しさを強調している。
弓道の天才・・・玲菜が打とうとすると、弓道場の騒がしさがスーッと消えた。
玲菜はこれ以上ないといったぐらい慎重な面持ちをしている。そして、弓をゆっくりと引いた。
沈黙があたりを包んで、時間が止まったようだ。
ついつい様子をじっと見てしまう。
そして、十分な間をとった所で玲菜は矢を離した。
弓の反発力を受けた矢は、推定時速数百キロという速さで28mをあっというまに駆け抜け、的に突き刺さった。
目にも止まらぬ速さ・・・ではなく目にもとまるわけが無い速さだ。
「・・・・・・」
何度と見ているにも関わらず、思わず息を呑んでしまう。
玲菜の放った矢は的のど真ん中に突き刺さっていた。
何度みても凄い。
でも、玲菜が正確に的を射るたびに、俺の死亡確率が上がっていく。
下手な口を玲菜に聞こうものなら、あの的に突き刺さっている物体がが俺の頭にも突き刺さる。
考えただけでも恐ろしい。
そんな俺の考えをよそに、一連の動作を見ていた部員は『わー』と歓声とともに、玲菜に拍手を送っていた。
嬉しい声援を受けながら、弓道の天才は俺が思っていたような『当然よ。』
・・・という高飛車な態度はとらず、たまたまだよ〜と誤魔化した。
なんか、意外な玲菜の一面を見れたような気がする。
毎度の事ながら感心したのでぱちぱちと拍手を送った。
すると玲菜は『あっ』という声を上げてこちらに気付いた。
「いつからいたの?」
まともに話せる距離まで近づいたところで、玲菜は不思議そうな顔でそう聞いてきた。
「ついさっき。」
「そっか。」
どうやら納得したようで、玲菜はうなずいた。
ここから見ると、射場が地面から20cmほど高くなっているせいか、俺が玲菜を見上げる形だ。
いつもは逆だけに印象が若干違う。
上体を少しずらして玲菜の背後を見ると、部員数人がこっちの様子を好奇心に満ちたまなざしでうかがっていた。
「新入部員か?」
玲菜の目と部員の方を交互に見ながら言う。
「そう。美術部よりはいいでしょ。」
「どういう意味だ?」
「そのまんまよ。」
いまいちよく分からん。美術部より、新入部員が多くいていいのか、美術部に入るのよりはいいのか、
それとも、美術部自体よりいいのか。
・・・・・・なんか、どれもも当たっているような気がする。
しかし、毎度の事ながら、玲菜の言葉には棘があるような気がしてならない。
「じゃあ、用件を頼むからまずあがって。」
「へいへい。」
俺はいつものように気の抜けた返事をすると、靴を脱いで射場に上がった。
木目調の床は久しぶりの感覚で、所々ぎしっと音がなるところなんか、まるで変わっていなかった。
射場を見回していると急に右腕を玲菜に引っ張られた。
「わっ!」
何事かと思うと、新入部員の前に立たせられた。微妙に緊張する。でも、人数少ないからまだいいか。
1年生の顔を見てみる。なんか、女子しかいない。
「みんな、こいつが雑用役の英則。ばんばん使っていいからね。」
玲菜は俺の肩をばんばんと豪快に叩いた。
背中から全身に衝撃波が伝わる。
「おいまて。」
新入生に初っ端から変な事を叩き込むな。これ以上使われたら洒落にもならない。
俺は反撃のチャンスは逃したくない方なので、反撃に出た。
なんと言っても、玲菜の弱点は結構掴んでいる。
息を吸い込み、いつもの約1.5倍の声で言い始める。
「こいつは確かに弓道の腕はいいかもしれないが、家事はすごいぞ、なんといったって、この前フライ・・・」
「わ〜〜。」
玲菜は慌てふためいた様子で俺の口をふさいできた。
顔を真っ赤にして、今にもパンクしそうになっている。
あの事はなんとしてでも、後輩達には聞かれたくないのだろう。
「だめダメ!他言無用!」
「ぐっつぐっつ!」
口を両手でふさがれて、フィルターのかかった声しか出ない。
玲菜の手を剥そうと行動を起こすが、力が凄い。
さすがは弓道部。毎日何十キロという弓を引いているだけはある。
ばたばたと手を解こうとすると、玲菜の体に手が当たって、
服の上からも、体温が伝わってくる。
もっと別な機会にじっくりと味わってみたい気もするが、余裕をかましている暇は無い。
俺は目いっぱいの力を加えた両手で、玲菜の手を引き離した。
「ぷはぁ!・・・・・・え〜い!息ができんわ!」
俺は眉間にしわをよせて、怒り気味にそう言った。
「もう、英則が悪いんでしょ。」
玲菜はそう言うとそっぽを向いてしまった。
「反省がないやつめ。」
乱れた制服を整える。。
すっかり、制服にヨレが出来てしまっていて、情けない。
「先輩たちって、恋人同士なんですか?」
「「は?」」
突然、突拍子も無い事を言われて、バカみたいに気の抜けた声が出た。
それに、『恋人同士』とはどういうことだろう。
べつに、そんな"熱烈"な事をやった覚えは無いが。
「あの・・・じゃれあってるようにしか見えませんよ。」
一人が『恥ずかしくて見ていられないっ。』といった感じで、頬を赤くして言ってきた。
他の1年生も互いに納得してうなずきあっている。
すっかり、ここが弓道場という事を忘れてしまっていた。
俺たちの他にもかなり・・・とは言わないが10人+αぐらいの人数はいる。
周りを見渡してみると、他の部員全てが、動作を停止させてこっちを見ていた。
たしかに、男と女が体を触れ合っていれば、いちゃついてるように見えるような気がする。
弓道場は水を打ったように静まりかえっていて、自分の鼓動までも聞こえてきそうだ。
みんなの視線が集中し、恥ずかしい。
「英則〜〜。のろけるな〜〜。」
「お幸せに。」
「お似合いですね〜。」
「うらやましいなぁ。」
「誰か、クラッカー持ってないか?」
弓道場のあらゆる場所から野次があがってくる。
これはきつい。いくら平常心を保もとうとしても、玲菜を意識せざるおえない。
顔が真っ赤になっていくのが自分でもわかった。
っ!これ以上堪えられない。
「やめ〜い!」
俺は怒鳴った。
数分後やっと騒ぎが収まった。新入部員も、他の部員の手伝いに行ったようだ。
それに、玲菜もなんとか復活してくれた。
でもまだ、顔が少し赤いような気がする。
しかし、いつまでも黙りこくっているわけにもいかないので、玲菜にそっと話し掛ける。
「一体俺は何をすればいいんだ?」
「け、蛍光灯を取り替えてちょうだい。」
「どれ?」
「部室、更衣室にあるのとこれ。」
玲菜はそう言って、射場の天井についている蛍光灯を指差した。
俺も天井にある蛍光灯を見る。
見た感じ天井高さは、3mちかくありそうだ。
高い。脚立借りなければ届きそうにない。
俺は天井高くある蛍光灯から目を離して、玲菜の顔を見た。
「お願いね。」
玲菜はまだ少し赤みを帯びている顔ですまなそうにそう言った。
「ほかのは何ワットのだ?」
「え?そんなのあるの?」
「はぁ〜。・・・ちょっと見せてもらうぞ。」
呆れてしまう。いまどき蛍光灯の大きさの違いが分からない人なんて他にいるだろうか。
いるには違いないが、見つけるのは至難の技だろう。
それに、こういう事は一人暮らしとかすれば嫌でも自分でなおすようだし。
・・・
・・・・・・
合計で40Wタイプのが12本。
蛍光灯は水銀の沈殿がはじまってたり、変色してしまってたりと、かなり古くなっている。
これなら、新しいのに変えても高校から『金の無駄遣いだ!』とクレームが来る事は無いと思う。
「じゃあ、事務室行ってくる。」
そう玲菜にそう言いのこして、俺は弓道場から出た。
事務室というのは、職員昇降口のすぐ近くにあったりする。
何が事務なのか、また、何をやっているのかは全くわからない。
ただ、分かっているのは誰かがいつもコーヒーを入れて飲んでいる事。
行くたびにコーヒーの香ばしい匂いがする。
贅沢だな、と思っているのは俺だけではないと思う。
事務室には内部とコンタクトをとるのに窓口かドアのどちらかを使う。
俺は堂々とドアから入る勇気が無かったので、客人のように窓口から声をかける事にした。
「すいませ〜ん」
横推定65cm高さ推定40cmの窓口からありきたりの声をかける。
すると、いつものおっちゃんが顔を出してきた。
「はいはい。今日は何用で?」
「弓道部の蛍光灯が切れそうなんで、貰いに来ました。」
そう言うとおっちゃんは急にニタニタと薄気味悪い笑みを浮かべた。
「何本?」
「12本です。」
「ちょっとまっててな。」
終始にやにやと顔をほころばせながら、おっちゃんは事務室の奥へと消え去っていった。
なにが面白いのかよくわからん。
多分、このおっちゃんは理想の『おっちゃん』に間違いない。
ほとんどの人がイメージするのがこの『おっちゃん』だろう。
自分も、おっちゃんになるんだったらこんな人になりたいと思う。
周りを見渡して時間をつぶしていると、片手に蛍光灯をぶら下げておっちゃんが戻ってきた。
持ちやすいように、ナイロンロープで蛍光灯の中心が結ばれている。
思い浮かべるのは、よっぱらった親父がふらふらと歩きながら手に持っている寿司箱みたいな物体。
「へい、おまちっ。」
おっちゃんは寿司を客に出すように蛍光灯の束を渡してきた。
「どうも。」
「10000円だよ。」
「高っ!」
「冗談だよ。」
冗談かい!まったく冗談にしてはかなり本気そうな顔つきをしていたような気がする。
この貧乏学生から金を取るつもりか?
「ところで・・・今日も雑用任されたのかい?」
「まあ、そういうことになりますかね。」
そう言うとおっちゃんは、わはははと豪快に笑った。
バカにされてるな。こりゃ。
「まあ、もてあそばれるうちが花だからね。ちゃんと覚えておけよ。」
「はぁ。」
俺は曖昧な返事をした。
いまいち、この人はたまに変な事を言う。
大抵その時には理解できない言葉だ。ただ、冷静になって考えると怖いくらいに納得できるのだ。
「あ、脚立借りてきますよ。」
「脚立はいつものところにあるから。とってきな。」
「おいせっと・・・一つ終わりっ。」
しかし、・・・蛍光灯の取替えの度に2mの脚立を往復するのは面倒でたまらない。
脚立を降り、場所を移動し、新しい蛍光灯を持ち、また脚立に登る。
これのサイクルを何回も繰り返すようだ。
「辛いぞこれは。」
独り言も無意識に出てくる。
もくもくと蛍光灯の取替えに没頭していると、目の片隅に人影が入り込んできた。
誰かな?と思い、そちらの方を見ると、玲菜がドアの陰からこちらを見ていた。
「何してんだ?」
「えっ?」
玲菜は何で声をかけられたのか分からないといったように、きょとんとしている。
「わ、わ、私?」
今度は慌て始めた。
自分を指差して『私?』といったジェスチャーまでしている。
まるで周章狼狽状態だ。
「ほかにいるか?」
念を押して聞いてみる。
その程度で隠れたつもりにでもなってたのか?
子供かお前は。
「て、手伝い・・・で、できる事無いかな・・・って。」
すると、玲菜は引っかかりながらも、そう言った。
玲菜から、『手伝う?』とくるとはずいぶんと珍しい。
雨でも降ってきそうだが、
玲菜が『手伝う?』と自分から言ってきたのだから、その好意に甘えておこう。
まあ、俺としても手伝ってもらった方が楽だし、作業効率も上がる。
それに、一人で黙々と作業をするより、誰かと話しながらのほうが俺は好きだ。
「手伝いねぇ・・・まあ、いいか、そこの蛍光灯とってくれ。」
「どれ?・・・・・・あ、これね。」
玲菜から新しい蛍光灯を受け取り、古い蛍光灯を渡す。
「割るなよ。」
玲菜の目を見て念を押す。
運動能力抜群の玲菜ならまずそんな事は無いと思うけど、言っておく。
すると、玲菜はむすっとした顔になった。
「そこまで、鈍く無いわよ。」
「どうだか。」
俺は心の中で、美人なのに変な顔するなよ、と呟いた。
場所を変えながら、作業は進む。
なんだかんだと騒ぎながらも、もう最後の一本になった。
その一本をはめ込み、声を上げる。
「おし。これで終わり。」
「早く終わったんじゃない?」
玲菜に言われて腕時計を見ると、まだ5時にもなっていなかった。
たしかにこれは早い。
ま、よく考えれば蛍光灯の交換なんて、たいした時間がかかるもんじゃないんだけど。
「玲菜が手伝ってくれたからな。」
「役に立った?」
手伝ってもらった手前、一応玲菜を担ぎ上げておく。
でも、一人でやるよりはずいぶんとはかどった。
これは素直に感謝すべきと思う。
ボランティア活動を強要されている俺が感謝されるべきなんだろうけど、
ついつい、いつもの癖かこっちから感謝してしまう。
「助かったよ。」
「ふふ・・・」
「何笑ってんだ?」
「なんでもなわよ。」
「?」
俺は首をかしげてしまった。
脚立を元の位置に戻し、蛍光灯を事務室に持っていき、教室に戻り自分の鞄を持ってくる。
これで、やっと俺の長い放課後が終わった。
日は既に傾き始め、今日の役目をあと少しで終えようとしている。
グラウンドを見ると、まだ野球部が威勢良く練習をしていた。
カキーンという小気味いい音が学校中を包んでいる。
「まだ部活やるのか?」
俺は昇降口までわざわざやってきた玲菜に向かって話し掛けた。
野球部の練習を見ていて、ふと思ったからだ。
「うん、今日は全然やってないからね。」
「大変だな。」
本当にそう思った。
美術部の俺になんか、弓道部のような大変な事出来るわけが無い。
そう思うと、玲菜が凄く偉大な人に見えてきた。
弓道のプロで、かなりの美人。口が悪いところがあるけど、何故か憎む事が出来ない。
「大変なんかじゃないわよ。慣れだから。」
「そんなもんか?」
「そう。」
そう言った後、なんとなく2人とも黙ってしまう。
もう少し玲菜と話をしていたいと思うけど、何を話せばいいのか分からない。
「・・・」
「・・・」
「ま、また明日な。」
「うん。」
結局、話の続きが見つからず、俺は玲菜に背を向けて昇降口を後にした。
背中に玲菜の視線を感じる。
歩き出して数メートル。
「やっぱり・・・・・・仕事している英則って・・・かっこいいなぁ・・・・・・」
・・・ふと、玲菜の声が聞こえたような気がした。
けど、風と野球部員の声にかき消されて、よく聞こえなかった。
2004/01/15
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