身近にある絆
(第三話)



時間が経つのは本当に早いもので、入学式からはや二週間たった。
最近ではやっとクラスメイトの顔と名前が一致しはじめた。
もともと記憶力が鈍い俺は、人の名前を覚えるのが苦手だが、それを克服して何とかここまでこれた。
あと、新入生が入ってきて気が付いた事がある。それは、やっぱり1年生というのは見てすぐ分かるという事。
ぱっと見て色が違うのだ。
多分、学校や校舎に慣れきってないためだと思う。
俺が一年の時、先輩たちは確実に新入生を見つけ出し、部の勧誘をしていた。
なんでわかるんだ?と思っていたけど、新入生が入ってきてやっと分かった。
もちろんそれは美術部も例外ではなく、部長の勇治を筆頭にせっせと勧誘をしていた。
俺は見てただけだけど。


「だから、ここはそうじゃないだろ。」
「え?でも・・・」
俺は朝っぱらから美咲につかまってしまっていた。
さっきから、何を教えていたのかというと、週に一時間ある技術の課題について。
ボスは事あるごとに、宿題を出してくる。
何でそんなに課題が好きなのかよくわからない。
まあ、技術に関しては唯一俺が美咲に勝てる教科なので、教えることに関しては問題は無い。
ただ、若干面倒ではある。
「ここのAとCに接続しないとFに電流が流れないだろう。」
「あ、そっか。」
「だろ?」
課題のプリントと10分ほど格闘したところで美咲はやっと納得してくれた様子だ。
長々と説明していたためか分かってもらえると嬉しい。
「ほら〜、席についてください。」
憐先生が教卓の前に立ってみんなに呼びかける。
「ほれ、これ持ってっとけ。」
美咲がそのまま席に戻ろうとしたので、俺は資料集を渡した。
美咲は『ありがとう』と言い、それを受け取りると、小走り気味に自分の席に戻っていった。


「えー今日の一時間目はロングホームルームですので、席替えについて話し合いたいと思います。」
憐先生がそう言うと、クラスがざわっとして、盛り上がった。
ざわざわざわざわと騒ぐクラスは風が強く吹いている竹薮並にうるさい。
後ろの席の方を見ると、やたら興奮している長身男が見えた・・・。何をあそこまで興奮してんだ?
それに、右手で小さくガッツポーズをしている。
「し、静かに。・・・あんまり騒ぐと席替えをしませんよ。」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
先生が少しばかり強い口調で言うと一気にクラスが静まった。みんな単純だ、と心底そう思う。
大体俺はなぜそんなに席替えをしたいのか分からない。
俺は別にここでいい。なぜなら、期末テストの時わざわざ席を移る必要が無いから。
大体年に4回+αもテストの度に席を交換してなんぞしていられない。
「では、出席をとりますよ。」

朝のホームルームが終わり、先生がいったん職員室に戻ると、教室はいつも以上に騒がしくなった。
「なあなあ、席替えだってよ、俺はやっぱり後ろがいいな〜。」
「でも、前の方が、成績上がるぞ。」
「私は廊下側かな。」
そんな声が、クラスの中から聞こえてくる。
もちろん俺は観望者化していたいわけだが、例の如く俺にもその話題が振られた。
「憐先生とコンタクトを取るには前の席しかないよな〜」
「やっぱり、お前か。」
顔を上げるとそこには健也の姿があった。
こいつは事あるごとにいちいち俺のところに報告をしに来る。
なんとかならんのか。
「教卓の前あたりがベストだと思うんだが、どうだろう?」
「なぜ、俺に聞く?」
「やっぱり、友人の意見は必要だと思ってな。」
健也はニヤニヤとしながらこっちを見ている。
恐ろしく恐ろしい。
日本語になっていないが、その表現が今のこいつにはぴったりだ。
「なんだ、俺の意見が聞きたいのか?」
「ああ。」
「俺だったら・・・」
・・・
・・・・・・・
「・・・と言う事だ分かったか?」
「なるほど。」
健也は昔の漫画みたいに左手をポンと右手で叩いた。
すると、ぴちっと間が抜けた音がした。
いまいち何を納得しているのかよく分からないがこの際気にしない。
「席替えって相場的にはくじ引きだろ。目的の席に当たる確率は1/36だぞ。」
「いやいや、少ない確率でも確率がある限り、やるのが男だ。」
そう言った健也は今度は両手を腰に当てて、胸を張った。
胸を張るほど自慢できる事でもなかろうに、と思う。
「ごりっぱなこった。」
俺は手を上下に振ってしっしっとハエを払うようにすると、
健也は流星のようにどこかに消えていった。
「はぁ。疲れる。」
精神的疲労のために机に突っ伏す。
机の冷たさがかえって体力を奪っているように感じる。
「席替え席替えってみんな騒ぎすぎなんだ。」
机に突っ伏しながら言ったので、自分の声がよどんで聞こえた。
「そうか?俺はそうは思わないけど。」
「・・・」
「・・・」
「次はお前か。少しぐらい俺に休息をくれ。」
「いっつも授業中寝てるだろ?」
そこを突かれると痛い。
「それはそれだ。」
健也が去った後に来たのは勇治だった。
次から次へと邪魔は来る。
まったく、タイミングをうかがっていたとしか思えない。
「英則はどこの席になりたいんだ?」
「俺はここ。」
「?」
机に突っ伏しているために勇治の顔は見えないが多分クエッションマークを頭の上に浮かべているに違いない。
俺は何の事だか分かっていない勇治に対して補足するために一言付け加えた。
「席替えなんかせんでもいいって事だ。」
「ふ〜ん・・・」
勇治は納得したような、していないような曖昧な返事をしてきた。


ロングホームルームが始まった。
憐先生はクラス委員にくじ引きの作成を手伝わせている。その中には健也の姿もあった。
その様子をぼけーっとした様子で眺める。
委員はカッターやペンを使い、くじを作っていく。
その紙切れ一枚で、これからが決まると思うと微妙な気分だ。
しばらくすると、紙切れのほとんどは100円ショップで売っていそうなプラスチックケースの中に収まった。
憐先生は黒板に席の見取り図を書きそこに番号を書き込んでいる。
窓際の1番最前列を1とし、廊下側一番後ろを36にする古典的かつ一般的な方法だ。
ちなみに今までは俺は姓の頭が「か」のため番号的には結構若い10番だった。
「では、準備が出来ましたので、列の前の生徒はじゃんけんをしてください。勝ったほうの列からくじを引いてもらいます。」
先生はいつものように教卓の前に立ち、そう言った。
クラスがにわかにざわめきだす。
最前列の生徒たちが神妙な面持ちで立つ。
見回してみると、その面々の中には勇治の姿が。
勇治は自分の列の連中から声援を受けている。
手を出して『まあまあ抑えろ。』という仕草をしているのが、妙に様になっていて、さすがは部長という感じだ。
俺も『がんばれよ〜』と、気の抜けた応援をする。
さて、そろそろ始まるぞ。
「せーの、最初はグー、じゃんけんポン!」
「・・・」
「・・・」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
結果、俺たちの列が一番初めになった。
なんというか、運がいいのか悪いのか。全くよく分からない。
だから、俺はここの席でいいと言っているのに。
「では、前の人から引いてください。」
憐先生は教卓の前で、くじの入ったプラスチックケースを押さえている。
こういうのは、適当に引くのが1番いい。別に唸っても祈っても結果は変わらないのだから。
列の前から1人ずつ、くじを引く。
その様子を見ていると、『うわっ』とか『よし!』とか思い思いの声をあげている。
雑用を任されたクラス委員は番号を聞いて黒板の見取り図に名前を書き込んでいく。
「さて、俺も引きますかね。」
俺は腰を上げると教卓の上にあるプラスチックケースに近づき、適当に一枚を取った。
「・・・」
手の中にあるのは3cm角の4つ折りになった紙切れ。
『うー』と、唸りながら開いてみる。
「・・・」
「どうだった?」
この列の先頭の大橋が話し掛けてきた。
「うむ、いかにも10番だ。」
俺はそう言って、紙を大橋に見せた。
「何番?」
「10番です。」
憐先生が聞いてきたので先生にも紙切れを見せて番号を宣言する。
「あら?変わってないのね。」
「思惑通りですよ。」
「?」
不思議そうな顔をしている憐先生を残して俺は自分の席に戻った。
いままでも、これからも席を移らなくていいというのは最大の利点だ。
少なくとも今の俺はそう思っている。
しばらく席替えの様子を見ていると、美咲の番になった。
美咲はプラスチックケースの前で両手を合わせて、何かを祈っている。
表情は俺と違って神妙な面持ちをしているに違いない。
なんで、あそこまで祈るかね〜、と思う。
人間、誰しもいざとなったら、神様、仏様、と祈るのは分かるのだが、
日々の生活で、祈ってもいないのにいざと言う時に頼っても、何にもならんだろ。
と思うのは自分だけだろうか。
「16番です。」
1人で、そういうことを考えていると美咲の声が教卓がある方から聞こえてきた。
美咲は16番だそうだ。
・・・
・・・・・・
なんか、猛烈にいやな予感がする。
これから、世界が変わってしまうようなそんな予感だ。
俺の後ろが11だよな、でその後ろが12。
前にいって13、14、15、16・・・
「げ!」
俺の隣りかよ!
美咲はどうやら俺の隣りの席に該当したようだ。
「か〜。」
思わず眉間にしわがより、変な声が出てしまう。
家も隣りだというのに席もとなりかよ。
なんか、怨念でもあるんじゃないのか?
まあ、授業中いろいろ教えてもらえるから、その点はうれしいけど。
これから隣りの席に来る美咲の方を見ていると、
美咲はこっちの様子に気付き、にこやかな表情で軽く手を振ってきた。
「・・・」
その表情を見て俺はうなだれた。

みんなの席が決まり、皆は机をこれからの自分の場所に移す。
端から端まで移動するはめになった、悲しい奴や、右に一つしか動く事が出来ずに
『かわってねー』
などと騒いでいる奴もいる。
俺は周りを"せっせせっせ"と机を運んでいる面々に向かって挨拶をした。
「うむ。ごくろうさん。」
逆を向き、
「ごくろう。」
と、挨拶をしていく。
自分だけ動かないと、<妙に時代に取り残された。>みたいな感じがあるがたいした事じゃない。
「ごくろうだな〜。」
「おっす。英則。」
「ん?」
俺は次の瞬間机に突っ込んでいた。
ゴッという鈍い音と共に、額が痛くなってくる。
「なに、突っ込んでんだ?」
俺の後ろの席に来たのは長身男の健也だった。
「いててて・・・」
赤くなっているであろう、額をさすって、長身男を見る。
「・・・」
すると、健也は無言で右手を差し出してきた。
握手をしろという事らしい。
無視する事は出来ないので、俺も右手を出した。
「これからもよろしく。」
「あ、ああよろしく。」
・・・こいつ、身長と足だけでなく手もでかい。
「騒ぎ起こすなよ。」
「わかってるって・・・それより、後で美術部行っていいか?」
健也は俺の耳元に顔を近づけるとそう言った。こいつはまだ諦めていないようだ。
完全に一つの事しか考えられなくなってる。そのことがよく分かった。
健也が言っていた、美術部・・・つまり美術室にいつもいるのは憐先生だ。
「ご自由にどうぞ。」
俺は健也にそう言うと体を前に戻した。
こいつといつまでも付き合っていると、大変な事になる。
まあ、その事については後々分かると思う。
右隣を向くと、もう移動も終わり、すでに席に座った美咲の姿がそこにあった。
いつの間に来たのかよく分からない。
「英君。これからもよろしくね。」
美咲はいつもの笑みをうかべてそう言った。
「ああ。」
ついつい、美咲につられて俺も笑顔でそう答えた。


席替えは終わり、まだ慣れていないであろう席でみんなは勉強を黙々としている。
俺は席が変わっていないので、慣れた慣れないも関係ない。
ただ、俺の周りの環境はガラリと変わった。
俺の右隣にいるのは、テストの度に非凡な才能を発揮している美咲だ。
いつ勉強しているのか分からないが、美咲の学力は常にクラストップレベルを記録している。
それなのに、性格が嫌みったらしくないのだから、よく出来た幼馴染だ。
「む〜・・・分からんぞ〜。」
そんなうめき声が、後ろから聞こえてきた。
やたら声が気になるが、『そんなのも出来んのか!』と喝入れすることは俺には出来ない。
実は俺も声の主である健也と同じ問題に直面していたりするからだ。
・・・本当に分からないぞ。
さっきから何を悩んでいるのかというと、この目の前にある紙切れ。
今の授業は4時限目の数学。担当は・・・ボス。
生徒に課題を出してそれを解かせるのが大好きなボスは、数学の時間にも課題を出してきた。
このプリントを渡された時にボスはこう言っていた。
『テストではないが、自力で解けよ。満点に近い者には平常点がプラスされるからな。』
まあ、プリントが渡されそれを見た瞬間に自分には解けない。とすぐに分かったが。
出来るならばやってみようと、俺は果敢にチャレンジをしてみた。
yをもとめればいいんだよな・・・yが2乗だから、右辺に√をかけて・・・
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
諦めた。平常点プラスは俺には無理だ。
戦闘体制を完全に解除して机に肘をつく。
肘をつきながら右隣を見ると、問題をすらすらと解いている美咲の姿があった。
引っかかりもせずにどんどん問題を解いていく。
見ていて、全くストレスが無い。
あいつの頭の中はどうなっているのだろうか。
半導体でできた高性能並列神経網タイプの処理装置でも入っているんじゃないんだろうか、と思ってみたりもする。
何年クラスメイトをやってきたか分からないが、席が隣りになったことは今まで一度も無かった。
こうやって隣りから美咲の横顔を見ると、
真剣に問題を解いている目はまるで豹のようだ。
それなのに、すごく可愛いい。
つい、授業中という事も忘れて見とれてしまう。
なんか、吸い込まれてしまいそうだ。
「可愛い・・・」
口から思った事がついがこぼれてしまう。
「何が何だって!?」
え?と思った瞬間、スッパーンという小気味いい音がクラス中に響き渡った。
頭の真上が軽くじんじんする。
そして、気が付くと俺の席斜め前に弁慶の如く突っ立っている、無表情のボス。
右手には、30cmのプラスチック定規が握られている。
その、定規とボスの姿を見たときに何が起こったのか理解できた。
「あんまり、見とれてるんじゃないぞ。」
ボスは珍しくあまり怒りもせずに、そう言うと教卓の前に戻っていった。
クラスの中からはくすくすといった笑い声が聞こえる。
微妙にみんなの視線が痛い。
廊下側の席を見ると、勇治があきれた顔でこっちを見ていた。
玲菜も同様の表情をしている。
なんか、くやしい。
「バカかお前は。」
後ろからも俺をののしる声が小さく聞こえてきた。
「うるさいわい。」
俺はボスにまた叩かれないよう小声で言った。
唯一、美咲だけが何が起こったか分からない表情をしていた。


「なんで、30cm定規なんか持ってるんだよ。」
俺は不平を感じそう言った。
今日の授業には全く関係ない30cm定規をなぜボスが持っているのか分からない。
「はははっ。」
「おいそこ、笑うな。」
俺は腹を抱えて笑っている、玲菜に突っ込みを入れた。
4時限目のボスの授業が終わり昼休みになると、いつものメンバーが俺の周りに集まってきた。
恐らく、さっきの騒動の詳細を聞きに来たに違いない。
「で、なんで怒られたんだ?」
勇治も今にも吹き出しそうな顔でそう言う。
まったく、そんなに叩かれたのが面白いのか?
「・・・ぼけーっとしてたらな、スパーンと来たんだよ。・・・スパーンとな。」
「見とれてた・・・というのは?」
「・・・・・・まあ、その点については企業秘密ということで、ご理解いただこう。」
「なんじゃそりゃ。」
冷静を装ってそう答えたが、内心いつ核心を突かれるかとかなりどきどきしていた。
さすがに、美咲がいる前で、『お前にに見とれてた。』・・・なんて口が裂けても言えるわけがない。
「英君?」
「あ、あ・・・ああ」
美咲に急に声をかけられて思わず驚いてしまう。
まともに美咲の顔を見ることが出来ない。
「さ、さあ、屋上行って飯にでもするか。」
俺はそう言って話を切った。
そうでもしないと持ちそうになかった。


やっと俺の心臓が冷めたところで、俺たちは生徒の憩いの場である屋上に飯を食うため移動した。
久しぶりの屋上は風が吹き抜け、晴天と相まって凄く気分がいい。
俺は転落防止用の手すりに手を置いた。
「この前、花見やっといてよかったな。」
屋上から見える校庭の桜は緑がかなりの割合で混じり、花見はもうできない状態だ。
「そうだな。英則にはめずらしくタイミングがよかったと思う。」
勇治は俺の方を見ながらそう言った。
「一言余計だ。」
「余計じゃないわよ。」
玲菜は嫌味を含ませて刺々しい言葉を言ってくる。
本気で言ってるんじゃないというのは分かるのだが、なんとなく微妙だ。
「・・・」
「・・・」
妙な沈黙があたりを包む。
みんな俺を何だと思っているのだろうか。
もしや、犬のおもちゃか程度か?
「み、みんなそんなにいじめなくても・・・」
美咲だけが、少し困ったような表情でかばってくれた。
「俺を助けてくれるのは美咲だけか。」
俺はうな垂れて右手を美咲の肩に乗せた。
やってから気が付いたが、まるで、"反省"のポーズだ。
慌てて手を離す。
「情けないわね。」
「へいへい。」
自傷気味にそう言って、玲菜の言葉を流がす。
「まあいいや、座ろう。」
勇治がそう言うと、俺たち4人は2人ずつ別々のベンチに座った。
美咲と玲菜、勇治と俺という組み合わせだ。
「そういえば、美咲って演劇部に入ってるんだよな?」
俺は唐突にもその話を持ち出した。
すっかり忘れていたのだが、玲菜がこの前、
『美咲の演技はすごいんだから』
などと言っていたのを今さら思い出したからだ。
「そうだけど・・・どうかしたの?」
美咲は頭の上に"?"を浮かべている。
「後で観に行っていいか?」
「え?」
「いや、噂で美咲の演技は一流だ・・・って聞いたもんだから。」
「そ、そんな、は、恥ずかしいよ・・・」
美咲は顔を赤くして俯いてしまった。
俺にはいまいち何を恥ずかしがっているのかよく分からない。
「演劇って見てもらうためじゃないのか?」
「まだ、完成してないから・・・」
「ふーん」
まあ、美咲なりに、あるいは演劇部なりに色々とあるのだろうから、
演劇の様子を見させてもらうのはまた今度にしよう。
「なんか、残念。」


昼休みの時間も終わりにさしかかり、屋上を後にしようとしているときに玲菜が話し掛けてきた。
「英則。今日の放課後、弓道部に来なさいよ。」
玲菜が、弓道部に来い。と言っているときは、決まって雑用を任される。
たしか、これが始まったのは1年前の夏だった。
こうなった原因は俺が玲菜の半裸姿を見てしまったことだ。
俺の親父の実家はこの街から60kmぐらい離れた街にあり、海沿いで旅館を運営している。
俺はそのコネを十分に使い、友人3人・・・つまり、美咲、勇治、玲菜の3人を夏休み、旅館に招待した。
というか、招待させた。もちろん金は払ったが、かなりまけてもらった。
旅館に到着したその日の夜、俺は風呂上りに間違って、美咲と玲菜の部屋に入ってしまった。
もちろんわざとなんじゃない。たまたま部屋が隣りだったので、"つい"間違ってしまったのだ。
まあ、その後は容易に想像できると思う。
「なんだ?また雑用か?」
分かってはいるけど聞いてみる。
もしかしたら違うかもしれないという期待があるからだ。
「お察しの通り。」
玲菜は悪びれもなくさらっとそう言った。
俺が思うにもう、玲菜に対して賠償は十分に払ったと思う。
それなのに、玲菜はまだ俺をこき使う。
「まったく、今日はろくな事が無い。」
俺は誰にも聞こえないよう小さくそう呟いた。
「何か言った?」
「いいえ、何も。」
と言うわけで、俺は人使いが荒い玲菜嬢の餌食になった。


2003/12/27



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