身近にある絆
(第二話)



始業式というものは案外長い。
とくに、校長先生の話がやたら長かったりする。
壇上からは見えないだろう。と思って遊んでたりすると、終わった後に説教を食らうので、
これもまた注意が必要だ。
東側の窓から太陽光線が体育館の中に差し込みがもろに目に入ってくる。
静かな体育館内と相まって時々聞こえる、鳥の鳴き声。
それに、後に起こるであろう事に気が付いていない遊んでいる生徒たち。
なんとなく、懐かしいな、と思う。
そして、去年は1年生だったんだよな〜と思ってみたりもする。
・・・
・・・・・・
校長先生の話が終わると、担任の紹介が始まる。
ここで、一年付き合う先生が分かるという訳だ。
簡単に言うと、ここで一年間の学校生活が決まる、といっても過言ではない・・・と思う。
あんまり厳しすぎる先生だと、まあ、ろくなことがない。
「え〜、担任の紹介をします。・・・・・・」
3年から順順に担任が発表されていく。
みんなの表情はこれから一年を左右するだけあって真剣だ。
「・・・・2B、和田広」
2Bは終わりだな。かなり辛いぞあの"ボス"が担当するクラスは。
「・・・2C、石橋憐・・・」
お?
このクラスの担任は憐先生ではないか。
実を言うと、けっこう面白い先生だし、若さもあって担任だったらいいな〜などと思っていたりもしたのだ。
これは楽しくなりそうだぞ。
「憐先生だってよ。」
心の中でガッツポーズをしてたりすると、俺の肩が突然ぽんぽんと叩かれた。
「あ?」
後ろを振り返ると、去年も同じクラスだった村上健也がそこにいた。
「いいよな〜、あの幼さが若干残る容姿とあいまって・・・あー俺このクラスでよかったー。」
よだれが出そうなほどだらんとした表情をした身長180cmの男はかなり怖く見える。
下手をすると警察送りは間違いないだろう。
"下手"をしなくても、普段から危ないこいつの場合はそうかもしれないが・・・。
『お前、惚れてるな。』そう言おうと思ったが、あまり喋っていると後々に天誅をくらう可能性があるので、
「あほ。」
そう言って、回避した。

クラスは憐先生が入ってきた途端に、クラス中から拍手が沸き起こった。
「お〜」
やはり、若くて美人・・・と言えるかどうかは分からないが、そんな先生は万人うけするらしい。
「あ、あの・・・し、静かに」
頬を少し赤くして恥ずかしがる先生はなんとも初初しい。
クラスが一通り静かになったところで先生の自己紹介が始まった。
「わかっている生徒もいると思いますが、私の名前は・・・」
先生はそう言うと背中をむき白いチョークで黒板に石橋 憐と書いた。
「石橋憐といいます。先生はやっと2年目なので、失敗もあるかと思いますがよろしくお願いします。」
型どうりの自己紹介を済ませた、憐先生は、ぺこりと頭を軽く下げた。
またクラス中から拍手が沸き起こった。


クラスメイト同士の簡単な自己紹介も終わり、待ちに待った放課後になる。
・・・実質3時限分しかしてないのに、待ちに待った・・・なんて言っていたら、普通授業の時はどうなるのだろうか。
6時限授業が永遠に続くと思うと、疲れてくる。
「はぁ〜」
いつものように机に突っ伏して、ぼけーっとする。
冷えた机が妙に寒々しい。
なんでみんなはあんなに元気なんだろうか。
がやがやとクラスから出て行く連中・・・いやクラスメイトを見ながらそう思う。
「英君?どうしたの?」
しばらくぼっとしていると、どっかで聞いた声がした。
鉛のように重い体を持ち上げて声の主を見る。
そこには、少し心配そうな表情をした美咲が立っていた。
「俺は、いたって元気だぞ。」
何も言わないと変な事を言われそうだったので、適当に誤魔化す。
「本当に?」
「ああ。」
頭を動かして窓の外を見ると、満開に近い桜が見えた。
「桜・・・綺麗だな。」
「?」
はて?桜?
「あー!」
0.3秒で体を起こして、美咲の方を見る。
「花見だ。花見。花見をしなくては。」
「え?、え?」
美咲は豆鉄砲をくらった鳩みたいに目を白黒させて混乱している。
多分、あまりに急だったので頭がついていっていないに違いない。
「花見?」
「今朝方、すると言っただろう。」
「てっきり、冗談かと思ってた。」
混乱状態から抜け出したと思われる美咲はあきれたような表情でそう言った。
「俺は言ったらやる男だぞ。」
「それが、できてないから信じれないんでしょうが。」
「ぐっ。」
美咲の一言に俺は撃沈を食らった。
「まあ、とにかく、いつもの2人を連れて来てくれ。」
「連れて来てくれ・・・と言われても、そこにいるじゃない。」
美咲が指を指した方を見ると、玲菜と勇治が黒板の連絡事項というところに何かを書き込んでいた。
二人とも左手に持っているのは今月のクラス予定表だ。
あの紙には基本的に今月の行事の予定が記入されている。
多分、先生に『小宮さんと勇治君。これ書いてもらえないかな?』とか言われたんだろう。
勇治は美術部部長だから先生はよく知っているだろうし、玲菜の去年の担任は憐先生だったみたいだしな。
だから、頼まれたのか。
でも、俺はあの目を見てしまったら頼みごとを受けない訳にはいかない事をよく知っている。
俺の部活は"一応"美術部だ。憐先生はその顧問。
たまに部室に顔を出すといろいろ頼まれる。
頼まれた時、先生の目を見なければ問題は無い。
ただし、あの目を見てしまった時には本能が・・・男としてどうしても引けなくなってしまう。
「ご苦労なこった。」
重い腰をあげて、先ほどから黒板と対峙している二人に近寄る。
よくよく見るとクラスには俺たち4人を含めてあと数人しかいない。
「なあ、今日、花見しないか?」
俺は勇治の肩に腕を乗せてそう言った。
そして、勇治の向こう側にいる玲菜の顔をのぞく。
「花見?」
玲菜はそう言うと書き物をしていた手を止めた。
「花見をするのか?」
「ああ。ほら、外を見てみろ。」
俺はそう言って、窓の外を指差した。
そこには学校に植えてある桜の木が鮮やかに咲いていて、時々吹く風が桜吹雪を巻き起こしている。
「今、桜はほぼ満開だ。今を逃したら次は無い。それに、学校が始まったらのんきに花見をしている時間なんてなくなるぞ。」
4人の顔を一通り見回して、俺は続けた。
「つまり、時間は今しかない。ってことだ。分かったか?」
「・・・確かにそうかも知れないな・・・」
俺に腕を乗せられている勇治が唸った。
「だろ?」
「勇治、こいつの話に乗るの?」
玲菜はあきれた表情をしている。そして、俺の顔を指差して勇治の顔を見た。
まったく、玲菜も失礼な奴だな、と思う。人間信じる事が大切なんだぞ。
まあ、『当ても無く信じるな。』とはよく言うが。
「まあ、年に何回もあるわけじゃないから、いいとは思うんだけど。・・・美咲ちゃんはどう思う?」
勇治がそう言いながら美咲のほうに振り返りった。
「私はいいと思うんだけど・・・」
「ほれみろ、わかったか玲菜嬢。」
俺は少し皮肉をこめて玲菜の顔を見た。
「む〜なんかむかつくわね・・・じゃあ場所はどうするのよ。場所は。」
「まあ、来れば分かる。」


「・・・・・・いいじゃない。」
玲菜が俺の家の庭を見て呟いた。
「さて、最後まで粘っていた人物が納得したので、まず、買い物に行こう。」
俺は勝ち誇ったように胸を張った。

あの後、やたら長々と討論しながら学校を後にした。
帰り道でもぎゃーぎゃー騒ぎながらしていたので、多分通行人には『何だこいつら』と思われていたに違いない。
まあ、さもなくば年に一度の花見計画がおじゃんになってしまうので、必死ではあったのだが。
勇治と玲菜が寮で着替えをしている間に、美咲と走って自宅に帰り、
庭に置いてあった、円形のテーブルを取り除いてガレージに突っ込んだ。
実を言うと、庭に置いてあったテーブルは案外重かった。
そして、干してある洗濯物を全て2階のベランダに輸送した。
いくら春の太陽とはいえ、直射日光下での重労働は堪える。
片づけが済んだころには額にうっすらと汗が浮かんでいた。
俺が重労働をしている間、美咲は俺の様子を自分の家の庭からニコニコと見ていた。
さすがにちょっと、『手伝えよ。』と言いたくなってしまった。
そんなことをしているうちに、玲菜と勇治がにやってきた。


その後はというもの、とんとん拍子と話が進み、あっという間に食材と食べ物が準備された。
始めは何を買えば分からなかったのだが、美咲のてこ入れにより、
問題ないだろう、と思えるレベルの物が用意された。
それに、街のスーパーマーケットに行ったときの美咲の品定めはものすごかった。
淡々とロスの無い手際の良さでかごに品を入れていく。
てっきり、美咲は料理があまり出来ないだろうな〜、
と思っていたのだが、どうやらそれは俺の思い違いだったらしい。


日は太平洋に沈みかかり、空をこれ以上ないと思うくらい真っ赤に染めている。
ふと、左手首についている腕時計を見ると、6時をさしていた。
花見の準備は5時には全て終わっていたのだが、勇治が
『本格的にするんだったら、やっぱり夕方からでしょう。』
などと言うものだから、夕暮れどき開始になったのだ。
普通ならば夜になると桜は見えない。でも、家の道路をはさんで前にある公園は、
今の季節になると、桜がライトアップされる。
まあ、中規模公園でそんな事をするって事は無駄と言えば無駄なんだけど。
まったくもって市長の考え方はよく分からない。
まあ、市長の考えはいいとして、どこでも買えるレジャーシートの上に、みんなで座る。
レジャーシートの上には、散らし寿司、だんご、枝豆、焼き鳥などの定番の定番と言える品物が並んでいる。
寿司とか取りたかったのだが、コストの関係でカットになった。

「かんぱーい」
そう言って、俺たちはグラスを弾かせた。
小気味いい音があたりを包んで、『これからパーティーだ。』という雰囲気を漂わせる。
みんな、思い思いに好きなものを皿にとって食べる。
俺が、一番最初に手をつけたのは散らし寿司だ。
口に運ぶと、素材の味が酢に誤魔化されずにそのまま伝わってきた。
「お、この散らし寿司美味いんじゃないの?」
思った事をそのまま言ってみる。
すると、俺の隣で同じく散らし寿司を食べていた美咲が身を乗り出してきた。
「本当?」
「店、出せるんじゃないのか?」
「嬉しいな〜」
美咲は目を輝かせてそう言った。
よくよく考えたら、この散らし寿司を作ったのは美咲だった。
スーパーマーケットで買い物をしていた時に、美咲は散らし寿司の具材を買っていた。
その時は、何を作りたいのか分からなかったが。
「ほら、二人とも食べてみろって。美味いから。」
枝豆や定番のだんごを食べていた2人は散らし寿司をそっと口に運んだ。
「・・・」
「・・・」
美咲は神妙な面持ちで2人の表情を見ている。
こっちまで緊張してきそうだ。
「・・・」
「・・・」
「あ、本当においしい。」
「本当・・・」
2人とも呟くようにそう言った。
「だとよ。よかったな〜」
俺は美咲の背中をバシバシと叩いた。
痛いいたいと言いながらも、美咲は嬉しそうだ。
「ねえ、美咲。今度作り方教えてくれる?」
「じゃあ、また今度ね作ろうか。」
「玲菜が料理するのか?」
俺はそう言って、玲菜と美咲の顔を交互に見た。
「そう。悪い?」
「いやいや、毒見する人は大変だなと・・・そう思っただけだ。」
腕を組みながら俺は目を閉じた。
すると、玲菜が料理した食べ物とは思えない品の数々が頭の中に浮かんできた。
「たしか、調理器具を数個ほどだめにしたんだっけか。」
「本当か?」
話を聞いていた勇治がそう聞いてきた。
さすがに、寮で生活をしている勇治もなべとかフライパンとかを壊した事は無いだろう。
「なんで、知ってるのよ?」
玲菜はわたわたとしている。
下手をすると、卓袱台返しもしかねない。
さすがにここには卓袱台は置いてないが。
玲菜の質問に俺はガラスコップに入った飲み物を飲みながら冷静に答える事にした。
「カマかけただけだ。」
「きー!」
玲菜は両手をぶんぶんと回し、顔を真っ赤にしている。
その光景はとても面白くて、堪える方が難しかった。
「ははは。」
「ふふふ。」
「はっはっは〜。」
「みんな何がおかしいのよ〜!」
玲菜の悲痛な叫び声が春の夜空に木霊した。


「いやー昨日は面白かったな〜・・・なあ、玲菜君。」
「まったく、散々だったわよ。」
「見ていて面白かったよ。」
勇治が笑いながらそう答えた。
「全くだ。」
「さすがに俺もフライパンとかおしゃかにしたときは無いな。」
「ほれみろ。勇治もそう言ってるだろ?」
「反論できないところが悔しいわね。」
玲菜はそう言ってとしかめっ面をした。
「こら、そこ。さっさと準備をしなさ〜い。」
「はいはい。」
見回りをしている憐先生に怒られてしまった。
でも、憐先生が怒る姿はいまいち迫力が無い。
「ほらみろ、勇治。お前が遊んでいるからだ。しっかりしろ。」
「それはお前だろ。」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
なんで、準備がどうだこうだ、と言われているかと言うと、明日は入学式がある。
すると、2年生以降の生徒は必然的に式の準備に借り出される事になる。
これが強制だから困ったものだ。
で、俺たちが担当しろと言われたのは、体育館の紅白幕の取り付け。
他の人たちがもさっとした動作でやっているのを見ると、俺はもっと早くできる。
と思ってしまいがちだが、これが実際自分でやると、重くて仕方が無い。

「玲菜〜画鋲をよこせ〜。」
俺は脚立に乗って、右手で幕の隅を押さえた状態でそう言った。
この状態は筋トレになると思う。
「早くしろ〜」
「ちょっと待ってよ。」
玲菜は実用性のなさそうな制服のポケットをごそごそとあさって、画鋲入れを見つけ出そうとしている。
その間にも俺の右の上腕三頭筋と上腕二頭筋は悲鳴を発している。
「はい。」
俺は玲菜から待ちに待った画鋲を数個受け取ると、紅白幕を貼り付けた。
まだ貼り付けていない幕を持っているのは、勇治だ。
で、雑用が玲菜、という事になっている。というか流れでそうなった。
「よっと、完成。」
やっと一通りの紅白幕貼りが終わり、俺は疲労がたまった右手をぶんぶんと振った。
「なんで、こんな世話ない事しなきゃならんのだ。」
「去年もやってもらったんだから、仕方が無いんじゃないの?」
「・・・まあ、正論かもしれないな。」
たしかに、『仕方が無い。』と言うのは分かるのだが。
「でもな、俺は一言言いたいぞ。『生徒は単なる労働力ではない。』とな。」
「そりゃそうだ。」
勇治はそう言って肩をすくめた。
「まあ、いいや、さっさと終わらせよう。」
「次はむこうだな。」
俺は脚立を降りてから、肩に脚立をのせた。
さすがにアルミ製、結構軽い。
「そういえば、この体育館って演劇部が活動している体育館だよな?」
ステージの方を見ていてふと思いついたので聞いてみた。
この学校は体育館が2つほどある。その2つの体育館を部ごとに分けて使っているのだ。
「そうだよ。あそこ美咲がいっつも熱心に演技してるの。」
そう答えた玲菜はステージに向かって指を指した。
「英則は見たときあるか?」
「いや、無いな。勇治は?」
「俺も無い。」
「え〜?見たこと無いの?勿体無い。」
玲菜はそう言ってとても驚いたような表情をした。
その表情がどういう意味をしているのかはよく分からない。
美咲の演技がすごいのか、それとも見ていないのがおかしいのか。
「もう、美咲ったらすごいんだから、どうせ、美術部活動してないんでしょ?だったら一回ぐらい見てみたらどう?ただなんだし。」
「そんなに凄いのか?」
「見れば分かるわよ。次期ヒロインとも言われてるんだから。」
「へぇ。」
勇治は感心していたが、俺にはちょっと驚きだった。美咲は『ヒロイン』と言われるほど凄いのか?
美咲が演劇部に入っていたのは知っていたけど、まさかそこまで飛躍しているとは思ってもいなかった。
「暇があればのぞいてみるよ。」
そう言いながらも、近々見てみようと思った。


仕事の後の休憩というのは大変気分がいい。
今日の雑用は各自終わったら解散、と言う事になっていたので、仕事が終わった俺たちは中庭の自販機前に来ていた。
俺たちとは言っても玲菜や美咲はいない。
「ほい、コーヒー。砂糖入りでいいんだろ?」
俺は勇治に向かって缶コーヒーを投げた。
放物線を描きながら缶コーヒーは勇治の手の中におさまった。
「奢ってもらって悪いな。」
「まあ、気分だ気分。」
珍しく、人に物を奢った俺はそう言って、また自販機と向かい合った。
100円玉を一つ入れて、赤く点灯しているボタンを押す。
ガコンと音がしてから、俺は需要がなさそうなブラックコーヒーを自販機から取り出した。
「あそこに座るか。」
俺は木下にある木製のベンチに目をやった。
「で、玲菜はどこに行ったんだ?」
俺は置かれてから何年経ったか分からないベンチに腰をかけながら勇治に聞いた。
玲菜は体育館の雑用が終わったら、さっさとどっかに行ってしまった。
気になる程度の事ではなかったが、今日は何となく気になった。
「部活に行ったんじゃないのか?」
「今の時期、部活なんてやってるのか?・・・まだ、入学式も済んでないぞ。」
「勧誘の準備だろ。」
「・・・」
「・・・」
「俺ちょっと出かけてくる。」
「待てっ。」
立ち上がりその場を逃げようとした瞬間、勇治に左手首をがっちりとつかまれた。
どうやら、何が何でも勇治は俺を部の勧誘員に抜擢したいらしい。
「美術部なんて何やってる分からないし、新入部員なんてこないだろう。」
手をやっと離してくれた勇治を見て、一応適当な言い訳をする。
「だいたい、この学校は他の部も多い。
弓道、パソコン、演劇、写真、ラグビー、バスケ、サッカー、テニス、陸上競技、野球、ソフトボール、バレー、卓球、登山、料理、茶道、囲碁将棋、書道・・・上げたらきりが 無いぞ。」
「愛部心が足りないな・・・英則は」
「愛国心ならあるが・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・まあ、英則らしいな。」
勇治は自分の手の中にある缶コーヒーを見つめた。
なんとなくつられて、俺も手の中にあるコーヒーの缶を見つめる。
そして、中身を一気に飲み干し、ごみ箱に向かってひょいっと投げた。
空を飛んだ空き缶はごみ箱に入らずにカランと言う音を立てて、地面に転がった。
「あー惜しい。」
「暇人め。」
勇治のセリフを尻目に俺はベンチを立って空き缶をもう一度ごみ箱に入れなおした。
ごみのポイ捨てをしないのが俺のモットーだ。
「なあ、あれ美咲ちゃんじゃないか?」
「あ?」
勇治が目をやった方向を見ると、渡り廊下を美咲が歩いていた。
しかも、かなり重そうにダンボールをもって、よたよたと歩いている。
足元はかなり頼りない。
「悪い、俺ちょっと行ってくる。」
「お気をつけて〜。」
ベンチに座った勇治を残して俺は駆け出していた。


美咲が持っていたのは、演劇部の小道具だった。
よく見ると、照明器具などの金属類を多く含むものだ。
だから、必然的に重量も重くなる。多分20kgまでとは言わなくてもそれに近い重さはあるだろう。
「これ、どうするんだ?」
俺は重いダンボールを少し持ち上げて美咲に聞いた。
「付かなくなっちゃったから、捨てようと思って。」
「はぁ?直せばいいだろうが。直せば。」
「出来ないから、捨てるんでしょうが。」
美咲はむすっとした顔でそう言った。
「俺が直してやる。」
「え?」
「これは白熱球タイプの照明だ。安定機とグロー球を通す蛍光灯とは違って、
回路は簡単に出来てるから30分もあれば直るだろ。」
「そ、そうなんだ。」
美咲は分かっていないような口調で返してきた。
分かっていないような。じゃなくて恐らく分かっていないのだろう。
「まあいいや、じゃあ、部室借りるぞ。」
俺たちは踵を返して体育館に向かった。

「ちわっす。」
演劇部部室に入るのは初めてだったが、小道具が多い事に驚かされた。
スタンドやら、大道具、模造ナイフなどの小道具、訳がわからない黒い物体。などなど。
部室にいたのは俺と美咲を除いて、4人でそのうち3人は前クラスメイトだった。
もう1人は中学のころからのよく知っている先輩で部長さんだ。
男は俺と、元クラスメイトだったやつ1人。
あとは、みんな女子だ。
てっきり、演劇部は女しかいないんだろうな〜。
なんて思っていたのだから、男がいる事にはちょっと驚いた。
まあ、よく考えれば男がいないと劇にならない場合もあるわけで、当たり前と言えば当たり前なのだが、
先入観というのに押されている自分に改めて気が付いた。
俺は20kgありそうなダンボールを床において、一番上にあったものから手をつけた。
「あっと、部長さん。ドライバーありますかね?」

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
修理は思ったとおり簡単だった。付かなかったのの一部は回路の一部配線が切れていた。
歯形がついていたことから、多分ネズミにでもかじられたのだろう。
あと、銅線がはんだ付けされた場所から外れてしまっていたものもあった。
工具が無いと何も出来ないので俺は、技術も担当している和田ボスにニッパーや、圧着ペンチ、
半田ごてなどの工具を借りて、ぱぱっと直した。
自分でも付くかどうかわからなかったが、白熱球独特の暖かい明かりが付いた時にはほっとした。


照明の修理自体はすぐに終わったのだが、演劇部部長に捕まってしまった。
で、部室にいた演劇部員たちと、つい長々と談話をしてきてしまい、今の時間になってしまった。
なんか、10年後の同窓会で話してそうな内容で、思い出話が多々でた。
いったい精神年齢は何歳なんだろうか?
「でも、英君ってあんな事も出来るんだ。感心しちゃったな。」
学校から家に向かう帰り道で美咲が話し掛けてきた。
「たいした事じゃないさ。親父がそういう系専門だからな。」
俺は美咲に担がれて、照れ隠しをするために俺はぶっきらぼうに答えた。
「部長さんも感心してたよ。」
「あの人とは中学のときからの知り合いだから。」
「ふ〜ん。」
今ひとつ納得がいかない様子で美咲は俺の顔を覗き込んできた。
美咲の顔が俺の目の前にある。
こうして間近で見ると、美人・・・とは言わないけど、顔立ちのバランスがいい事に気が付いた。なんか、可愛い。
思わず、顔が赤くなってしまう。
「ど、ど、どうした?」
思わず上ずった声が出てしまった。
「英君って、結構女子の知り合い多いんだ。」
「そ、そう・・・なのか?・・・考えた事も無かったけど。」
よくよく考えると、たしかに多いと言えば多いと思うが、男の知り合いも俺は多いと思う。
まあ、友人というか知人というか曖昧な人も多いような気がするけど・・・。
「英君って、もしかして浮気性?」
「さあ?どうだろう。」
「む〜。なんか納得いかないな〜。」
俺がすっとぼけた反応をすると、美咲はまた怒って風船みたいに頬を膨らました。
ころころと表情が変わって面白い奴だと思う。たしか、昔からこんな奴だった。
「想像はご自由に。」
俺は深い意味をこめてそう言った。


「じゃあ、また明日な。」
「また明日ね。」
美咲と家の前・・・と言っても隣同士なんだが。
そこで、いつものように挨拶をして別れた。
ドアを開けて、思いっきり背筋を伸ばす。
疲れる一日だった。これが毎日続くとぞっとする。
でも、ただ、なんとなく、明日を楽しみにしている自分がいた。



2003/12/24



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