登場人物

弘一(ひろかず)
主人公。十七歳の高校生。楽天家。

香澄(かすみ)
主人公の幼馴染で、十七歳の高校生。家事のレベルはかなり高い。




安物の指輪


今、リビングで俺は柄にも無く新聞を読んでいる。
周りでせかせかと働いているのは、俺の隣のうちに住む、
同い年の「香澄」である。
ちなみに俺の名前は弘一。
「悪いな、朝っぱらからこんな事任せて・・・。」
「いいからいいから、まあ、気にしない。」
香澄は俺のほうを見ると、くすっと笑みを浮かべた。


香澄とはそれこそ子供のころからの幼馴染だ。
親も、何かしらの関係があったらしく、いろいろと世話を焼いてくれた。
俺のおふくろは十年前に死んでしまった。
親父は今、北海道に出張に行っている。
つまり、家には俺が一人だけ取り残されたというわけだ。
最初の二週間ぐらいは、「楽だ〜」とか「自由でいいねぇ〜」
とか言っていたのだが、料理その他もろもろを含め、
家事はかなり辛い。
で、今日は香澄が俺のうちに来て、家事をしてくれているわけだ。
香澄の家事のレベルは近所でも有名だ(多分)。

新聞を置くと、今まで鳴っていた掃除機の音が急に止んだ。
「終わったのか?」
首を右に七十度ひねって聞く。正直言って首が痛い。
「終わったよ〜。・・・それよりちゃんと掃除しなよ。・・・埃がすごいから。」
「へいへ〜い。」
ひねっていた首を戻して、返事だけをする。
「もうっ。」
後ろで何かが聞こえたような気がしたが、気にしないでおいた。

実を言うと俺はずっとまえから香澄の事が好きだった。
その感情に気付くのにはしばらく時間がかかったが、あるときふと分かったのだ。
何度か「好きだ」と言おうとしたのだが、どうもその簡単な「好きだ」が言えなかった。
いったい香澄は俺の事をどう思っているのだろうか?


「ねぇ、街に買い物しに行かない?」
午後になって、俺がテレビを見ていると、隣に座っている香澄が突然そう聞いてきた。
「何か買うものでもあるのか?」
気になったので聞き返してみた。
それに俺は買いたいものが"今"は無い。
「う〜ん、・・・特に無いけど、なんとなく行きたいかな〜と思って。」
香澄は少し考え込んでそう言った。
「買い物ねぇ〜・・・最近行ってないな。」
欲しいもの無いし。
「うんうん。」
「デートの誘いか?」
「え!?」
俺がそういうと、香澄は豆鉄砲を食らった鳩みたいになった。
「え、え?ええ!?え?」
香澄は目を白黒させながら驚いている。
というかそんなに何を驚いているんだ?
買い物に行きたいといったのは香澄じゃないか。
「デート!?」
「いやいや、だってそうじゃないのか。」
「そういう事にはなるけど・・・」
「なんだ、俺とはデートしたくないのか?」
あまり、嫌味をこめないように聞いてみる。
俺は自分では何を言っているんだ?とは思いながらも、
香澄の心を探りたかった。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
あまりにも不自然な沈黙が二人を包む。
どちらとも口を開かない。
俺は、どうもこういう沈黙はあまり好きじゃない。
「行くんだろ?準備してこいよな。」
「あ、う、うん。」
香澄は少し上ずった声でそう言うと、スリッパの音をパタパタと響かせて
俺の家を出て行った。


先に町に行く準備を終わらせて家の前に突っ立っていると、
慌てた様子で香澄が戻ってきた。
「じゃあ、行くか。」
「そうだねっ。」

街は数分歩けばつく。
そこまでの道のりを香澄と二人で歩く。
少し気分がいいのは天気がいいだけじゃないだろう。
まだ暑くない初夏の太陽は、気持ちよくさんさんと輝いていて、
見ているだけで気分が昂揚してくる。
「今日は天気がいいね。なんかわくわくしちゃう。」
香澄は両手を空高く上げてそう言った。
ショートカットの髪が少しふわっと揺れた。
「・・・俺も今そんな事考えてた。」
「似た者同士だね。」
「誰が。俺はそんなにバカじゃないぞ。」
「誰がバカだって?」
香澄は右手の握りこぶしを俺に見せてそう言った。
下手な事を言うと生きて家に帰れそうも無い。
「いえ、なんでもないです・・・はい。」
「ならよろしい。」
手を下ろした香澄は満足そうにそう言った。

商店街につくと、日曜日のためか人がいつもより多い感じがした。
というか、多い。
「で、どこに行くんだ?」
人ごみの中に入ったところで、隣にいる香澄に俺はそう聞いた。
予定もなしにぶらぶらするのも悪くは無いが時間の無駄だ。
「う〜ん・・・」
香澄は左手をあごに当てて考え込んでいる。
「おいおい、決めてないのか?」
「じゃあ、あそこ。」
香澄がそう言って指差したのは、平平凡凡のアクセサリーショップ。
俺は入った事が無いのでどんなものがあるのかは全く分からない。
ただ、アクセサリーショップという事だけは分かっている。
「お、おいっ・・・」
「まあまあ。」
香澄に右手を引っ張られながら、強制的に店の中に入った。・・・いや入らされた。

店の中は、いたってシンプル。
ショーケースの中には指輪、イヤリング、腕輪、など等。いろどりみどりのものが並んでいた。
俺がぼけっとして立っていると、香澄はショーケースの中にある指輪(らしきもの)を物色しはじめた。
「これいくらなんですか?」
香澄は若い女の店員にそう聞いている。
「三千円になります。」
うわ、安!
さすがはアクセサリーショップというところか。
もう少し高いものを扱っていると思いきや、かなりの若い年代をターゲットにしているらしい。
「ねえ、弘一」
「あ?」
少しほうけた面でそう言うと、ちょっとちょっとと呼ばれた。
明らかに男が入りそうにない店で
俺はいったいどこに目をやっていいのか分からない。
「ねえ、これいいと思わない?」
香澄が指をさしているのを見ると、さっき見ていた三千円の指輪があった。
よく見ると、めっきで加工してあり、飾り気は全く無い。
ただ、小さいガラスらしきものがくっついている。
三千円にしては結構出来ていると思った。あんまり見た事無いけど。
「ねえねえ。」
「あ、ああ結構似合うんじゃないか?」
「そう思う?」
「ああ。」
・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・


「ほい。」
「あ、ありがとう。」
「別にたいした事してないぞ。」
海浜公園に入ってしばらくした後、
俺は手に持っていた小さな紙袋を香澄に渡してそう言った。
「でも、嬉しいな。」
紙袋の中に入っているのはさっきのアクセサリーショップにあった指輪である。
店を出た後、商店街を一回りして、帰るときに買ったのである。
「付けてみろよ。」
俺がそう言うと、香澄は紙袋の中から、ケースに入っている指輪を取り出した。
そして、左手の"薬指"にそれをそっとはめた。
「!」
俺は驚いてしまった。
香澄は左手の薬指に指輪をはめたのだ。
つまり・・・・・・えー・・・頭が回らん!
「あ、ぴったり。」
香澄はそう言って指輪のはまった手を夕日にかざした。
すると、指輪が光を反射してキラリと光った。
「・・・」
「・・・」
「ねえ、弘一・・・私と・・・」
「香澄、俺と付き合ってくれ。」
香澄が言う前に言葉をさえぎって俺はそう言った。
何を言うかは大体予想できた。
だからどうしても、このせりふだけは先に言いたかった。
「・・・」
「・・・」
「う、うん。私でよければ。」
「ありがとう。」
俺はそっと香澄を抱き寄せて、軽く口付けを交わした。
「私を離さないでね。」
香澄は目じりに涙を浮かべてそう言った。
「ああ。」
海のほうを見ると、夕日で空が真っ赤に染まっていた。
そして俺はもう一度香澄に口付けをした。



END


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