日常(第一話) RenewalVer.





「ハックション!・・・・・・だー風邪引いてしまった〜」
数日前から、体の調子がおかしかった。
まあ、大丈夫だろう、と思って高をくくっていたのけれど、今朝方、ついにダウンしてしまった。
原因は何なのかさっぱり分からない。
というか、原因と思われるものが多すぎて絞り込めない。
このバカ暑い8月に風邪をひくなんて、俺はバカだったのか?
まあ、否定はできないのだけれど。

コンコン

そんなことを考えていると、ドアがノックされる音がした。
「はーい」
ドアに向かってそう声をかけると、仕事から帰ってきたらしい俺の姉さんがひょこっと顔を出した。
「熱下がった?」
顔を見るなり、そんなことを言ってくる。
身長が160センチぐらいで、俺より10センチばかり小さい姉さんは、日本的な黒髪で、肩甲骨のあたりまで髪を伸ばしている。
昔はけっこうクラスで人気があったらしいし、弟の俺から見ても、可愛いと思う。
「わかんないな、熱測ってないし。」
ベットに横になった状態で答える。
起き上がりたいところだけど、頭が重くて起きようにも起き上がれない。
すると、姉さんは手を伸ばして、俺の額に手を置いた。
「・・・」
姉さんの手が冷たく感じる。
つめたいということは、やはり熱は下がってないみたいだ。
「・・・」
「ん〜、ちょっとまだ熱があるみたいだね」
姉さんはそう言うと、手を額から離して、パソコンチェアーに座った。
「それよりどうしたんだよ。今日も仕事だろ?こんなに早く帰ってきて」
姉さんがいつも帰ってくるのは、午後6時を過ぎた頃だ。
今は午後2時だから、いつもの帰宅時間より4時間も早い。
そう聞くと、姉さんは少しだけ眉を吊り上げた。
「卓が今朝方、『死にそうだ〜』とか言ってわめいてるから、早く帰ってきてあげたんでしょうが」
死にそうだ〜、のところだけ声を真似て、言ってくる。
・・・言ったような、言わなかったような・・・あ、言ったな。
「あー?んなこと言ったっけ?」
なんとなく、しらばっくれて、そんなふうに言ってみせる。
「そんなこと言ってると、せっかく買ってきた"コレ"食べさせてあげないからね〜。」
すると姉さんは、口元に笑みを浮かべて、手に持っていたビニール袋を持ち上げる
ビニール袋の中には、白と緑を混ぜたような色をした球状の物体が入っていた。
「メロン?」
「そうそう。ちょっと高かったけどね。卓の大好物だから買ってきたよ」
「あー、悪いね姉さん。ありがたく頂くよ」
なぜか自分でも良く分からないけれど、メロンは大好物の中に入っていた。
あの甘さがなんとも言えない。
「どうしようかな〜。お隣の久保田さんにあげよっかな〜」
姉さんは、小悪魔っぽい笑顔をうかべて、メロンの入ったビニール袋を左右にゆらして見せた。
ニコニコとした笑みが実に楽しそうに見える。
むむむ・・・・・・メロンには勝てん。ここは降参だ。
「分かった、分かった。朝、確かにそう言いました」
「ふっふっふ。わかればよろしい」
降参して、白旗をあげると、姉さんはさっきとは打って変わって、さわやかな笑みを浮かべた。
これだから男がよってくるんだよな。俺もこの笑顔にはどうしても勝てない。
・・・我ながら情けないったらありゃしない。
「じゃあ、切ってくるね」
姉さんは、上機嫌で鼻歌を歌いながら、軽い足取りで俺の部屋を出て行った。
「・・・」
・・・



翌朝、体調がすっかりよくなった俺は、久しぶりにコーヒーを作っていた。
コーヒーといってもインスタントではなくて、豆から。
豆から作るコーヒーはインスタントとは比べ物にならないくらい味と香りがいい。
俺もはじめはインスタントのコーヒーを飲んでいたのだけれど、
姉さんが買ってきた(というか貰ってきた)コーヒーメーカーで作って飲んでみたところ、
その香ばしさと味に惹かれて、癖になってしまった。
ちなみに今俺がいるのはキッチン。
流しの向こう側には、リビングが見える。早い話が今時の設計だ。
この家を作った兆本人は今、義母さんと名古屋で仕事をしているらしい。
義母さんというのは、俺の実の母は俺を産んだときに死んでしまった。
で、俺が小学4年の時、親父が再婚して、その相手の連れ子が、俺の姉さん、夏美だ。
夏美とは実の姉さん弟のように接してきた。
夏美の第一印象はすごく大人っぽくて、びっくりした。
まあ、歳が3つもはなれていれば当然といえば当然なのだけれど。



リビングにあるソファーに腰を下ろして、ハイカラにもコーヒーを飲む。
我ながら、なんて似合わない光景だろう、と思う。
「・・・」
照りつける朝日がまぶしい。
しかし、それにしても優雅なものだ。
高校最後の夏休みにここまでゆっくりしていられるとは思わなかった。
まあ、それは就職先が決まっているおかげなのだけれども。
何気に、壁にかけてある時計を見ると、7時50分だった。
姉さんはまだ起きてこない。
今日も仕事なはずなのにゆっくりしてていいんだか。
もう少しで、通勤時間だろうが。
「・・・」
このまま姉さんをほおっておくと、『何で起こさなかったのよ!』、と怒鳴られることは確実だろう。
しかし、動くのがめんどくさい。
もう少し、この優雅な時間を楽しませてくれてもいいものの。
でも、怒鳴られて、小遣いが減るのもたまったもんじゃないしなぁ。
・・・むむむ。
「しかたがない。起こしにいくか」
結局、そういう考えに至り、リビングを出て階段を上がる。
夏美お嬢様の部屋は階段を上がってすぐだ。
俺の部屋はその隣。

コンコン

一応ドアをノックして声をかけるが、返事は無い。
「入るぞー」
予想どうり、夏美お嬢様はベットの上で寝ていた。
暑さの為かパジャマのボタンがいつもよりひとつ多くはずしてあり、妙にはだけた胸元が色っぽい。
・・・って、朝っぱらから何考えてんだ。
「・・・風邪ひくぞ」
そう言って、名残惜しいと思いながらも、人知れず気持ちよさそうに寝ているお嬢様を起こす。
「おーい姉さん。起きろよな。会社遅れるぞー。」
「・・・・・・・・・卓ぅ・・・もう、食べられないよぉ」
夢の中で何食べてんだよ。
「何言ってんだか。・・・・・・ほら、起きろっつーの」
強引に肩をぐらぐらと揺らして起こす。
「んん・・・・・・」
すると、姉さんは眠たそうに目をこすりつつ、体を起こした。
「ほら、遅刻するぞ」
やっとお目覚めのようだ。目が少々はれぼったいのは寝起きのせいだろう。
姉さんはしばらくぼーっとしていたけれど、
自分のパジャマのボタンがひとつ多く開いてるのに気がつくと、顔を真っ赤にしてボタンをしめた。
「ったく、今日も仕事あるっつーのに、何、夜遅くまで起きてんだ?」
俺はそう聞いた。
「本読んでただけよ」
姉さんはぷくー、とほほを膨らました。
「本ってその枕もとに置いてあるやつか?」
そう言って俺はその本を指差した。
すると、姉さんは慌てた様子で本を自分の背後に隠してしまった。
だが、残念。スキャンをするのはこっちのほうが早かった。
タイトルは・・・・・『禁断の恋の成功術』。
「見た?」
「いや、分からんな」
姉さんの慌てる表情を見てみたいと思ったからかもしれない。
「見たでしょ。見たわよね!・・・むきぃ〜」
意味不明な擬似音を発すると、俺に連続パンチを食らわせてきた。
ポカポカポカ、という効果音が似合いそうにたたいてくる。
「いていて、叩くな叩くな」
いつまでも素直に攻撃を食らうことは無いので、早々と攻撃圏から離脱すると、
「コーヒー入れてあるから早く降りてこいよ」
と言って姉さんの部屋を出た。



しかし、『禁断の恋の成功術』とはずいぶんベタなタイトルだと思う。
まあ、姉さんも21だし。男がいても不思議ではないけれど。
・・・・・・やはり会社の男かな?
なんか気になってしょうがない。



トーストを焼いていると、姉さんが2階から降りてきた。
まだパジャマ格好のままだ。
さすがに男とは違って数分で支度ということは無理だろう。
まあ、化粧とかもあるだろうしな。
別に化粧しなくても十分きれいだと思うんだけど。
「はい、トースト。コーヒーの砂糖は?何個?」
「じゃあ、1つでお願い」
姉さんは笑みを浮かべながら、人差し指を立てて見せた。
コーヒーカップにコーヒーを入れて、砂糖を入れる。
軽くかきまぜてから、イスに座っている姉さんの前に置く。
「あれ?今日のは味が少し違うね」
姉さんは一口コーヒーをすすってから、言った。
「眠たそうだったから、少し濃いめにしといた。
それよりあんまり呆けてるんじゃないぞ。遅れたら大変だって言ってたろ」
「わかってるわよ。それくらい。」
ぷくー、と可愛らしく頬を膨らます。
ならいいんだけど、と俺は心の中でつぶやいた。



姉さんが出社してから2時間がたった。
他に人がいなくなった家は時計の音と、窓の外から聞こえてくる蝉の鳴き声だけがして、なんともいえない静寂に包まれている。
「ひまだ、暇」
ゲームをするにも本を読むにも、一度見たものや読んだものしかなく、そういうものを見ても呼んでも面白いとはとてもじゃないが言えない。。
街にでも出ようか。
街に出れば、少しぐらい暇つぶしになるだろう。
ここにいたって、なんにもならないだろうし。

プルルルルルル、プルルルルルル

着替えをしようと、ハンガーに手をかけた瞬間、電話がなった。
お、電話だ。
階段を急いで下り、リビングにある電話を取る。
「はい、石田です」
「さーて問題です。私は誰でしょう」
・・・あー・・・
私、と言ってる割には、女性にしては、随分と低めの声だな。
あの、あほめ。
「賢太か。何のようだ?」
朝っぱらから、一体何事だ。
大体、『さーて問題です。私は誰でしょう』とか言って、
電話に出たのが親父とかだったら、どうするつもりなんだ?
お前が変なやつだと思われるのは別にかまわないけれど、こんな変なやつと付き合ってんのか、と俺の人格が疑われてしまう。
「まあまあ、あせるなって」
「あせってない」
「いつもの通り、釣れないやつだ」
「釣られたら、人生終わりだからな」
クラスメイトで、やたらと周りの人を突っついて回る賢太は、いつもいつも、ハイテンションだ。
これにあわせると俺を含め、普通の人はすぐ降参してしまう。
ハイテンションというよりオーバーテンションだ。
「実はだな。お前がどうしようもないほど暇人だと思ってな。ゲーセンに誘ってやろうかと電話したのだ」
なんか、ヒトラーを彷彿させるような口調でそう言ってきた。
聞いたことは無いけど。
一言多いような気がするけど、まあいいか。
なんといったって、暇だし。
たまには、つられてもいいだろう。
「まあ、いいぞ。ちょうど、街のほうで買いたいと思ってたものもあるし」
「じゃあ、20分後にゲーセン集合。遅れるなよ」
「そりゃ、こっちのセリフだ」
そう言うと、賢太は、ははは、と可笑しく笑い、『じゃあなシスコン』と言って電話を切った。
「・・・」



ゲーセンに来てみると、誘ってきた張本人がまだ来ていなかった。
誘ってからに、何事だ、という話だけれども、やつの場合それが当たり前らしい。
人のことなんだと思ってんだろう?
このゲーセンは街の中心付近にあり、高校生の憩いの場、と賢太は言っていた。
あんまりうるさいから、俺は苦手なんだけど。
ついてから10分ぐらいたったところで、奴がやっと来た。
しかも、言い訳が、『いやー悪い悪い。ガス欠でさぁ』。
「そうそう。ガソリンガソリン」
「・・・」
「ハイオクじゃないと動かなくてな。維持費大変なんだよ」
「・・・」
「それが今朝方切れてしまってなー、慌てて親父の車からかっぱらって来た」
「ん〜、そうか。じゃあ、手始めにあれでもやるか?」
このまま続けるとキリが無いこと明らかなので、強引に流し、定番の格闘ゲームを指差す。
「お、いいねぇ」
相変わらずのりがいい賢太。
強引に流したことをなんとも思ってないらしい。
さすがだ。
そんなかんじで、ゲームを色々と物色し、ゲームに千円とちょいつぎ込んで、ゲーセンの中を物色していた時、ふと何も変哲のないUFOキャッチャーに目がとまった。



一時半頃になると、やっぱり腹も減るもので、近くのファミレスに賢太と行くことになった。
ほら、腹が減ってはなんぞやら、と言うし。
自動ドアが開き、店の中に入ると、いらっしゃいませー、という店員の元気な声が店内に響いた。
適当な席に座り、オーダーを取ってもらう。
「じゃあ、日替わり定食を2つ??????って、白河じゃないか」
メニューから顔を上げてみると、見知った顔があった。
「あ、卓たちじゃない。久しぶり」
そうやって、元気よく声をかけてきたのは、クラスメイトの白河。
席が近いこともあり、しょっちゅう話はするし、仲も結構いいほうだと思う。
スポーティなイメージのある白河は誰からも慕われていて、なかなか憎めないやつだ。
まあ、若干男勝りのような気がするけれど、それはそれでいいだろうと思う。
白河だし。
「でも、まだ夏休み始まってから2週間ぐらいしかたってないんだよな〜」
賢太がそんな事を言った。
「あら?2週間でも久しぶりは久しぶりよ」
「んなもんかね〜」
「そうそう」
「でも、こんなところでバイトしてたのか?」
俺が白河にそう聞く。
「そう。夏休みの間はね。お給料もそれなりにいいし、制服も可愛いでしょ?」
白河はそう言って、スカートの縁をつまんで見せた。
この店のウェイトレスの制服は、地元でも有名らしく(賢太談)、メイド服に限りなく近い格好で(賢太談)、万人に受けているらしい(賢太談)。
まあ、スカートを短くして、色を明るくしたような感じか・・・
詳しくはわからないけど。
「うわさには聞いていたが、知っている人が着ると、かなりいいではないか」
テーブルをはさんで向こう側に座っていた賢太がそう言った。
たしかに、ファミレスならではで、結構いいと思う。
「似合ってるよ」
そう言うと、白河はくすっ、と笑ってから、ありがと、と言った。
「じゃあ、日替わり定食2つね。おまけはしないよ」
「なんだ?普通はおまけしてくれるのか?」
と、賢太。
「まさかぁ、私は限られた人にしかおまけしないの」
そう言って、白河はスカートを翻し、戻っていった。
「やっぱり、ウェイトレスさんはいいよなぁ。・・・・・・そう思わんか?」
賢太が、他の客のオーダーを取っている白河の後姿を見ながら、そんなことを言った。
俺も、白河のほうに視線を移す。
「お前の場合、あの服目当てだろ?」
「まあ、そうだな」
賢太は、表情一つ変えず、さらっと言いった。
相変わらず、ずいぶんと分かりやすい奴だ。
ま、中学の時からそうだったからな。
数分後、注文した品が運ばれてきた。
安いながらも、美味いと思える定食を食べながら、賢太と雑談をした。
食べ終わった後、レジの近くに立っていた白河と一言二言話をして店を出た。
白河は、また来てね、とにこやかに話してくれた。
・・・それにしても、限られた人ってどんな人だろ。



で、そのあと、CDショップやゲームショップを点々とした後、解散した。
賢太は、ゲームを4つに、家電屋であやしいパーツを買ってたが、あえて口出しはしなかった。
聞くのは・・・恐ろしい。
毒物取扱と危険物取扱、核燃料取扱、の資格を取りたい、なんて言ってたからな。
やばいものじゃないといいけど。
解散した後、スーパーマーケットで夕飯の食材を買ってから、家に戻ってきた。
自宅の鍵を開けて家の中に入ると、まだ明かりが点いていなかった。
姉さんはまだ帰ってきていないらしい。
腕時計を見ると、6時半近くを指していた。
今日は少し遅いな。
まさか、飲み会でもして、アルコール摂ってないだろうな。
まあ、社員だし、先輩たちに誘われることもあるだろうけど、だからって、俺の事をタクシー代わりにはしないでもらいたい。
この前も、飲み会があったらしく真夜中に電話がかかってきて、やたら甘ったるい声で『むかえにきて〜』
と言われてしまい、仕方が無く車を運転して姉さんを迎えに行ったのだ。
俺はその時、一言『酒、弱いんだったらあんまり飲むな』と言ってやったけど、
多分覚えてないにちがいない。
「・・・」
あ〜、頭痛くなってきた。



キッチンに入り、冷蔵庫にあるもので2人分の食事を作る。
こうやって、夕食を作り始めたのはいつの頃からだったか。
最近のような気もするけれども、詳しくは覚えていない。
姉さんが疲れた様子で帰ってくるのを見て、何か手助けできないかな、と思ったのがきっかけだったような気がする。
初めのころは、お世辞にもいい物を作ることはできなかったけれども、
最近は、それなりのものを作れるようになった。
少なくとも、姉さんよりは上手いと思う。
多分。



飯が出来上がりそうな頃、姉さんが帰ってきた。
「ただいまぁ〜」
いつものように間延びした声が、玄関から聞こえてきて、リビングのドアから、スーツ姿の姉さんが顔を出した。
「おかえり。もうすぐ夕飯出来るから、早く着替えてきなよ」
姉さんは、わかったー、と言うと、軽い足取りで階段を上がっていった。
今日のメニューはロールキャベツ。
たいした意図は無いけれど、キャベツがたまたま目に入ったから。
使わないで捨てるのももったいないし。
今日のロールキャベツはそれなりに上手く出来たと思う。
姉さんはどんな反応をしてくれるだろうか。
そんな事を考えたり、他の品を出していると、かなりラフな格好をした姉さんがリビングに入ってきた。
「わー、美味しそうな匂い。今日は何?」
姉さんがカウンターからキッチンを覗き込んでくる。
「御馳走だったりする?」
「御馳走かどうかは分からないけど、今日は、ロールキャベツ」
材料がたまたま目に入ったから、ということは伏せておく。
「へぇ、楽しみだな〜」
「はい、どうぞ」
そう言って、ロールキャベツを盛った皿を姉さんに手渡す。
「うわ〜。美味しそう〜」
姉さんはそう言うと、嬉しそうに笑みを浮かべた。



「いただきまーす」
「いただきます」
妙に礼儀正しく、手を合わせてから夕食がはじまった。
「・・・」
姉さんがロールキャベツを口に運ぶのをそっと見守る。
自分が一生懸命作ったロールキャベツ、できるなら美味しくあってほしいし、美味しく食べてもらいたい。
「うん、美味しいよ、卓」
姉さんは一口頬張ってから、笑顔を作って見せた。
そっか、そりゃあよかった。
胸のうちで、そっと胸をなでおろす。
「じゃ、俺も食べてみるか」
そう言って、自分で作ったロールキャベツを口に運ぶ。
・・・我ながら結構いい出来だ。
「そうだ姉さん。これやるよ」
俺は自分の隣のイスに置いておいた鞄から、
UFOキャッチャーで、何とか取得したうさぎのぬいぐるみと、
姉さんが欲しがっていたCDを渡した。
うさぎのほうは取るのに千円強使ったことは秘密だ。
姉さんは俺の手から、それを受け取ると、不思議そうに首をかしげた。
「?・・・これ、どうしたの?」
「いや、だって、今日は姉さんの誕生日だろ?」
そう。今日は22回目の姉さんの誕生日だったりする。
去年はすっかり忘れていたけれど、今年は忘れまいとしっかり頭に記憶させておいたのだ。
おかげで、頭の空き領域が10%以上も減ってしまった。
すると、姉さんは驚いたように目を開いて、俺の顔を見た。
「わぁ。ありがとう〜。覚えててくれたんだ」
「あたりまえだろ。一人しかいない姉さんなんだからな」
「去年は忘れてたくせに」
「ぐっ??????」
言葉が詰まった。
俺は去年、すっかり誕生日を忘れてしまっていたのだ。
というか、去年以前も忘れてしまっていたが、昨年のこの日に姉さんがなんだかさびしそうな表情をしていて、何の日だっけか、と半日以上考えた末、姉さんの誕生日ということを思い出したのだ。
ちなみに、姉さんは無類のウサギ好き。
だから、今日はうさぎのぬいぐるみを手渡した。
部屋にもあるし、バックにもウサギのキーホルダーがついている。
昔、『なんでうさぎなんだ?』と聞いたら、
『だってすきなんだもーん』
と答えられた。
いや、はぐらかされたとも言うべきか。
「でも、嬉しいよ」
「大したもんじゃないけどな」
「たいしたものだよ・・・ありがとね」
「いいから、早く飯食べちゃいな。冷めたら美味しくないだろ」
姉さんの、ありがとうの言葉が妙にくすぐったくて、顔に笑みがうかばないように、
ぶっきらぼうに俺はそう話をそらした。
「誕生日おめでとうな、姉さん」



「片付けぐらい私がやるよ」
と、言われたので、誕生日なんだから、いいだろ?やんなくても、と一度断ったのだけれど、一歩も譲る様子が無かった。
なので、俺はその好意を受けることにして、久しぶりにゴールデンタイムのTVを見ることにした。
いくつかチャンネルを回したが、面白い番組が無い。
昔は質がよかったのに、今はうけを狙った番組しかない。
あ、でもドリフは好きだったな。
姉さんは先ほどから、上機嫌そうに鼻歌を歌いながら、皿洗いをしている。
「・・・」
いつもなら、晩飯の後片付けをしている時間なので、じっとしていられない。
俺はTVの電源ボタンを押した。パチンと音がして電源が落ちる。
「ん〜♪ん〜ん〜♪」
なんか、いつになく上機嫌な姉さん。
そんなに、誕生日プレゼントが嬉しかったのだろうか。
いや、でもそんなので喜ぶわけ無いから、会社で何かあったのかな?
昇給したとか。
まあ、いいか。風呂掃除でもしよ。
「風呂掃除してくるわ」
「はーい♪」



・・・
・・・・・・
姉さんが風呂に入ってたあと、俺も風呂に入った。
今は自室で、ベットに横になり、ボリュームを抑え気味にイージーリスニング系のCDを聞いている。
姉さんに買ってあげたCDのちょっと違うタイプのだ。
窓の外からは、夏虫たちのさえずりがかすかに聞こえてくる。
やかましい音源が無いだけに、心ゆくまでゆっくりできる。
俺の部屋は、自分では分からないが、姉さんとか賢太にはさっぱりしている、などとよく言われる。
『ずぼらなのに、めずらしいな。卓助殿』
とまで、言われた。
全く、心外な。

コンコン

ん?
ドアが控えめにノックされる。
姉さんか?
今の時間に来るなんて、めずらしいな。
「入っていいぞ」
ベットから体を起こし、ベットの縁に腰をかける。
それと同時にドアが開き、パジャマ姿をした姉さんが部屋に入ってきた。
姉さんは、ピンク色のチェック模様のパジャマを着ていて、それがよく似合って見える。
「まだ寝てなかったんだ」
姉さんは、俺の隣に腰を下ろすと、そう話しかけてきた。
「今、寝ようとしてたとこ」
「ごめん。邪魔だった?」
こっちの様子をうかがうように聞いてくる。
「いや、そんなことはないよ」
「・・・・・・今日は、ありがとう」
「またそれかよ」
俺はぶっきらぼうに答えた。
本当は、何回も言ってくれて嬉しい。
でも、そのありがとう、を言う姉さんの目がなんとも言えなくて、気恥ずかしくて、ぶっきらぼうに答えてしまう。
姉さんは昔から微妙にしつこいところがあった。
いいと言っているのに、何度も何度も、お礼を言ってくる。
「だって、本当に嬉しかったから」
「俺は何もしてないよ。姉さんのほうが毎日仕事に行って大変なんじゃないのか?」
わざわざ隣町まで、電車で通勤している姉さんを思うと、頭が下がる。
「それは、大変だけど・・・いいじゃない。お礼ぐらいさせてくれたって」
姉さんはそう言うと、体をぴったりと俺に寄せてきた。
そして、次の瞬間、頬にやわらかい感触があった。
姉さんの顔が視界に入っていたから、何が起こったのか一瞬で理解できて、思わず、固まった。
瞬間的に、姉さんにキスをされているというのが分かった。
数秒後、姉さんは顔を俺から離した。
「・・・」
「・・・」
なんと、反応したらいいか。
思わず、姉さんの表情をうかがってしまう。
姉さんは俺の視線に気がつくと、気恥ずかしそうに頬を赤く染めた。
「今日はありがとね。・・・お休み、卓」
姉さんは最後にそう言うと、ベットから腰を上げて、あっという間に部屋を出て行った。
いったい何?
電気を消して、布団に入った。
そして、さっきの事をリフレインし、うれしさと困惑とともに眠りについた。



日常(第一話) RenewalVer.
完成日 2005/01/11




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