みーんみーんみーん…
開けられた窓の向こうから、そんな音色が聞こえてくる。
真夏と変わらなく日の光を感じる、9月上旬のある昼休み。
昼飯(日夜が作ってくれた)を食べていると…
「でんでででぇ〜ん!」
隣で何かをしていた信弘が突然、高らかと宣言するように声をあげた。
「ぐっ…」
み、水…
突然のことに、驚いてしまい、食べていた物が喉に詰まった。
「お、喉に詰まらせるなよ」
もう遅い。
急に声を上げるな、急に。
胸を叩きながら、紙コップに入ったお茶を飲み、詰まったのを強引に流し込むと、のど元が楽になった。
「…ふぅ…」
「あ、おっさんくせえ」
「だまっとれ」
ぴしゃりと言うと、信弘は眉間にしわを寄せた。
今は、昼休みだ。
相当の事以外は、ほぼ自由時間である。
俺たちの部署の面々は、ほとんどが食堂に行っていて、
残っているのは、弁当を持ってきている先輩達ぐらいである。
「というわけで、ここに5枚の宿泊券がある。」
「ほう。」
「…それは?」
軽くあしらう。
こいつの場合、絶対に裏があるからだ。
ようし、いいだろう、と乗ってしまうと、ブレーキがフェードして、踏んでも踏んでも止まれない。
「へっへっへ〜」
俺の冷めた反応をものともせず、
信弘は隣でいやらしい笑みを浮かべ、券をぴらぴらと振って見せびらかしている。
治夫はといえば、向かい側のデスクから、奇妙な物を見るような視線で、信弘を見ていた。
「へへへ…」
「…」
「…」
「わっはっは〜」
「…」
「…」
一人で笑う信弘はかなり奇妙で、異質だ。
実際、先輩たちが奇妙な物を見る目で、信弘を見ている。
ほっとこう。
じきに治るだろ。
いっつもこうだし。
「あ〜…治夫、319の資料を見せてくれないか?」
「分かりました」
信弘の話を完全にスルーしている、俺と治夫。
「え〜っと……あったあった。これですね」
差し出された資料を受け取る。
「どうもな」
「おいおい、おれっちの話はスルーかよ」
資料をめくろうとすると、一人浮かれていた信弘がやっと反応した。
「しょうもない話はうけない事にしている」
「ダメだな。人の話は受けないと」
信弘は、チッチッチッ、と舌を鳴らし、指を左右に振った。
「せっかく人が、旅行に誘ってやってると言うのに。恩をあだで返しあがって」
「…金、取るんだろ」
「そんな事はしない。ただ、交通費は自分もちな」
「随分と良心的だな」
「当たり前だ。俺の本性はやさしいんだぜ」
信弘はそんな事を言ったが、自分で言うところが怪しい。
能ある鷹は爪を隠すだろ。普通。
「それにしても、5枚も当たったんですか?」
治夫が納得がいかないように言った。
そりゃそうだ。
懸賞で当たるのはせいぜい2人1組のペア券。
5枚も当たるなんて、確率から言ってもまず無い。
「2人分はあたったさ。のこりの3枚は独自ルートよ。ど・く・じ・ルート」
「…」
「…」
治夫と顔を見合わせた。
どっちとも、顔で、突っ込まない方がいい、と言っているだろう。
「つーわけで……のるか?のるか?のるのか!のらないのか?!」
一言ごとに顔を詰め寄せてくる信弘から後ろに逃げる。
キャスター付のイスだから、逃げるのだけは楽だ。
「のるんだろ?YESって言えよ。のるって言えって。気が楽になるぞ!」
歩きながら、鬼の形相で詰め寄ってくる信弘。
こっちはイスに座っているから、見上げる形になり、かなり威圧される。
ある意味怖い。
「はっきりしろ〜い!このメイド好き!」
「っ!」
空気が喉に詰った。

ガツッ

おまけに、資料棚にぶつかってしまい、逃げ場がなくなった。
すると信弘は勝ち誇ったような笑みを浮かべ、俺に近づいてきた。
「メイドさんはいいよなぁ。可愛くてさぁ。もうたまらないよねぇ、メイドさんは。
我慢なんか出来ないよなぁ。あんなに可愛いメイドさんがいるんだし。
…ねぇねぇ、昨日の夜は何をしたの?ご・主・人・様」
「っっ!」
ささやきかけるような信弘のセリフに思わず、冷や汗がつつー、と頬を流れた。
ような気がする。
昨日の夜は…何もしなかった。
というのも、たしかに魅力的な日夜が近くにいるから、
理性がいつ吹っ切れてもおかしくないけれど、なんか俺からは手出しが出来ない。
最後(どこ?)まではしたけどさぁ…
「…」
絶句して、動けないでいると、信弘は俺の顔に自分の顔を寄せてきた。
顔面10cmに無表情の信弘がいる。
目が完全に逝っている。
据わっているとでも言うのだろうか。
怖いし…
「のるか?」
信弘は穏やかにそう言ったが、有無を言わせぬ迫力があった。
脅しだ。脅し。
「分かった分かった。……のればいいんだろ。のれば」
勘弁してくれ、だ。
そんな、メイドメイド、と連呼しないでくれ。
この課に残っている全員がこっち向いてるし。
視線が痛いのなんの。


「じゃあ、行き場所についてだが、渡航先は、海辺の『りぞぉとほてる』ですよ、ご主人様」
信弘はにやにやと笑いながら言った。
ご主人様は止めてくれ。頼むから。
「わぁ、それは楽しみですね」
「だろ?」
治夫、旅行通だけに早速乗り気。
海辺のリゾートホテルか。
ふと頭に、白い砂浜と水着姿の日夜が浮かんだ。

悪くは無い。
「1泊2日な。ちなみに、片道3時間かかるらしい」
「…遠い」
思わず眉間にしわが寄った。
車の運転は予想以上に疲れる。
それを知らないでいると、その後の予定が狂う事も多い。
「無料(タダ)で行けるんだから、そのぐらいいいだろうよ」
「でも、3時間は遠いぞ」
「まあでもいいじゃないか。日夜ちゃんいるし。英の車は新車だし。」
「ま、まあな」
それを言われたら、何も言い返せない。
日夜とはどこかに行きたいと思ってたところだし。
ちょうどいいと言えばちょうどいい。
「つーわけで、決定だな」
そう言うと、信弘はまた券をぴらぴらと振った。
5枚のチケットが風になびく…5枚?
「ん?ちょっと待て。…残りのチケットどうするんだ?」
チケットは5枚、俺、日夜、信弘、治夫、で4人だ。あと1枚余っている。
「それなんだよ、それ」
信弘は顔をしかめた。
「誰か空いてる人いないか?…つーか、探してくれ。もちろん女性で」
それを俺に聞くのは変じゃないか、と心の中で突っ込みながらも、
むむむ…、と手を組んで考えてみる。
男となると、結構いるが、女性となると…いないわなぁ。
この課となると、ななみちゃんぐらいしかいないし…
「…」
「…」
「…」
一度合った3人の妙な視線が、ななみちゃんの背中に向けられる。
「…」
「…」
同僚で、2つ下の彼女は、俺の背中側にある列だ。
彼女は、自分で作ったらしい弁当を、PCの画面を見ながら食べていた。
画面は、上から下まで、文字文字文字、活字だらけ。
なにかの小説ですか?
それとも、解説書?
目線を信弘に移すと、彼は何かを言いたそうな顔で俺を見ていた。
くるなよ、くるなよ…
「よし、英…GO!」
来た来た。来るぞと思ってたら、本当にきた。
自分で頼めよアホが。
「ななみちゃん」
ゴロゴロ〜、とキャスター付のイスを転がしながら、彼女の席に接近する。
俺が近づくと、ななみちゃんは画面をデスクトップに戻し、イスごとくるっと振り向いた。
「いいですよ」
「は?」
彼女は明るい笑顔で答えた。
突然の事で、何を言われたのかが分からない。
だが、それはすぐにわかった。
「行くの、私でいいんですか?」
「き…聞いてたか?」
「そりゃあ、信弘さんがあんなに騒いでますもん。聞こえないわけ無いじゃないですか」
ななみちゃんは、くすくすと笑いながら、信弘に視線を送った。
ははは、とこっちも笑うしかない。
信弘には重要な話を流さないほうが吉だな。


ちなみに、ななみちゃんは、同じ課でいっしょに働いている同僚。
ショートへアーと白のヘアバンドが、チャームポイントである。
女性があまり取らない資格を会得している彼女は、自在に機器を操り、仕事をしている。
性格は活発的で、ムードメーカ的な面もあり、男女分け隔てなく付き合うタイプだ。
日夜とは、真逆のそれと言っても、過言ではないだろう。
家は俺のうちの近くに住んでいて(徒歩で片道8分)、
休みの日には自転車に乗り、俺の家にさっそうとやってくる。
どうやら、在宅中の日夜と談話をしているらしい。
内容は、なんか怖くて聞きたく無い。
ちなみに彼女、他の課とも国交が強いらしく、いろいろなネタを引っ張ってくる。


というわけで、海辺のホテルに行く事が決まった。


「…というわけなんだけど…どうだろう?」
俺は夕食後、旅行の事を日夜に話した。
日夜なら、行かない、とは言わないと思うが、確認のためにだ。
「連れてってくれるのですか?」
俺の隣にちょこんと座り、いつものようにメイド服を着た彼女は、
もう一度確認するように、聞き返してきた。
「もちろん」
俺は、さも当たり前のように答えた。
断るわけが無い、断れるわけが無い。
すると、彼女はうるうると瞳を潤ませた。
「英…さん…ありがとうございます」
その表情があまりに可愛らしくて、無意識のうちにそっと抱き寄せてしまう。
「あっ…」
彼女は小さく声を漏らしたけれど、
抵抗する事も無く、すっぽりと腕の中に収まった。
彼女のやわらかな香りが鼻をくすぐり、
彼女の温かさが俺の心をいやしてくれる。
顎を軽く持ち上げると、日夜は目をゆっくりと閉じた。
小ぶりの唇にそっと口付けをする。
とろけるような感覚が、頭を駆け抜けるた。
「…」
「…」
どちらともなく、ゆっくりと体を離す。
日夜の潤んだ瞳が、磁石のNとSのように、俺の目をひきつけて離さない。
息をするのを忘れるほど、見惚れてしまう。
「英…さん」
「日夜」
俺はもう一度、日夜にキスをした。



日夜 〜旅行編〜
2,000Hit記念突発企画



じー、じー、じー
みーんみーんみーん…みみみみ〜ん
旅行日当日になった。
窓辺から空を見上げれば、真夏も真っ青の晴天が目に飛び込んでくる。
照りつける太陽、青々とした草木。
真夏といっても過言ではない天気。
旅行にはぴったりである。
まだ、夏が通り過ぎるのは先のようだ。

日夜が作った美味い朝食を食べてから、荷物のチェックをする。
あらかた、昨日のうちに持っていく物を決めておいたけれど、
もしかしたら、何かが足りなかったりするかもしれない。
あと、多分、行きは信弘の車の後ろを追っかける事になりそうだけど、やつは道を知ってるのか?
信弘の顔を思い浮かべてみる。
「…」
…あんまり期待しない方がよさそうだ。
「さてと、こんなもんでいいかな」
バックのファスナーを閉めて、手で持ち上げてみる。
うむ、適度な重さだ。
一人でに納得しながら、壁掛け時計を見ると、もう7時になりそうな時間だった。
「もうこんな時間か…待ち合わせ場所に移動した方がいいな。」
荷物を持ち、自室から出て、日夜の部屋に向かう。
彼女の部屋は、ドアが開けっ放しだった。
「日夜?」
着替え中だったら悪いので、尋ねてから部屋に入る。
日夜の部屋は薄い青色を基調にしていて、
荷物もあまり無いから女性の部屋と言う感じはしないのだけれど、
日夜の優しい香りがいつもする。
足を踏み入れると、日夜がいた。
ジーンズにTシャツを着た彼女は、顔にこそ出ていないが、嬉しそうに仕度をしている。
「あ、英さん。」
「それ……」
なぜか知らないが、日夜はバックにメイド服を詰め込んでいた。
「…」
「……どうするのよ?」
かなり、間があいてしまった。
どうも、今ひとつ、なんとなく、というか、かなり不明だ。
「一応、万全を期しまして…」
日夜はバックのチャックを閉めながら言った。
万全ね…使いそうも無いけれど、まあいいか。
害があるわけじゃないしなぁ。
「荷物はまとめたか?」
「はい、この二つです」
日夜はそう言って、二つのバックを手にとった。
一つは一般的な旅行バック。
横80cm縦40cm高さ30cmぐらい。
もう一つは、そのハーフサイズ。
「よこしてくれ。もってくから」
「お願いします」
「おっと…」
バックを持つと、結構重かった。
やはり、量より質なんだよな。
見た目より重さ、だ。
よく分からんけど。
「戸締りのチェックしてくれるか?一応はしたけど、念のためにな」
「はい」
「俺の部屋はキチンと閉めておいたから、一階の頼むよ」
「分かりました」
「あと、毛布を一枚持っていったほうがいいと思う」
日夜が肯くのを見て、俺は階段を下りた。
冷静に行動しているつもりだが、内心はかなりうきうきしていた。
日夜と遠出するなんて初めてだし、それも泊まると来た。
心臓が高鳴って収まらない。


朝早くから外に出して、洗っておいた車のトランクに荷物を積み込む。
「よっと…」
3つのバックは、余裕で入った。
運転席に乗り込み、エンジンをかけ、
全開にしていた窓を閉めて、エアコンを入れる。
5分ぐらい経って、エアコンが効き始めた頃、日夜が玄関から出てきた。
「遅くなってすみません」
助手席に座った彼女は、そう言って、頭を下げた。
「いいって、いいって。まだ、数分しか経ってないぞ」
正直、すぐ日夜が頭を下げるのには参ってしまう。
俺は日夜の事を奴隷とか手下とは見たくないし、第一考えた事も無い。
やはり、パートナーとしてやっていきたいと思っている。


フォーーー
低く響く、エアコンの送風音を聞きながら、
車のステアリングを軽く握り、アクセルペダルに軽く足を乗せ、車の流れに乗る。
車外を見れば、高層ビル…までとは言わないけれど、ある程度の高さのビルが立ち並び、
街の雰囲気をかもし出している。
「今日も天気がいいですね」
助手席に行儀よく座っていた日夜がそんな事を言った。
いい天気には間違いない。
けれど、半端じゃなく暑くなりそうだ。
雲があまり見られない空を見れば、だんだん暑くなってくるのは目に見えてる。
暦の上では秋だというのに、恐ろしいぐらいの日差しである。
「たしかにな。…でもこれは、暑すぎるだろ」
「そうですね」
日夜はそう言うと黙った。
優雅なものだ。
静かな車内で、日夜を乗せて、ドライブをしている。
助手席にいるのは、メイドさんで、俺の…恋人なのだ。
そう考えると、ものすごく幸せなのかな、と思う。


少し走って、待ち合わせ場所である、郊外の大型ショッピングセンターの駐車場に入ると、
駐車場の端っこのほうで、信弘が大きく手を振っていた。
オレンジと赤を基調にしたアロハシャツがやたらめったら目立つ。
あれでサングラスをかけたら、好んで寄って来る人はまずいないだろう。
そんな事を考えながら、信弘のステーションワゴン車の隣に、滑り込ませるように停まる。
サイドブレーキを上げてから、日夜に言う。
「日夜も降りな」
「はい」
車から降りると、湿気の高いよどんだ空気が、体を包み込んできた。
「…あつ」
湿気を取り払うように、肩を上下に動かすと、
信弘がにたにた、と変な笑みを浮かべていた。
「随分とキザな停まり方しますな、旦那」
「普通だ普通」
言い捨てるように言うと、信弘は、はっはっは、と失礼にも笑った。
「みんな集まったところ―」
「あ〜!―」
信弘が続けようとすると、それを遮るように声がした。
「―日夜ちゃん!久しぶり〜」
何事だと思い、振り向くと、ななみちゃんが車から降りたばかりの日夜に抱きついていた。
「は、はひ、ひ、久しぶり、です」
抱き付かれているため、声が思った通りに出せない模様。
「あれ?なんか、前会った時よりも色っぽくなったんじゃない?した?しちゃたの?それとも、こう…」
みなみちゃんは手を大きく開いて、襲いかかるポーズをした。
「がばー、っとされちゃった?」
なんだ、なんだ、そのリアクションは。
そんなに野蛮か?俺は。
日夜は顔を真っ赤にして俯いている。
「きゃ〜、可愛い〜」
また、抱きつかれてるし。
もう、なされるがまま。

……まあ、ゆっくり再会をさせておくか。
『いつ?どうだった?優しくしてくれた?』
そんな声が背後から聞こえるけれど、気にしないでおく。
気を改めて、体を反転させ、信弘の方に向きなおる。
「ところで…どういうルートで行くんだ?」
信弘は炎天下の中、地図帳を取り出して、ボンネットの上にバサッと広げた。
かなり大きい、折りたたみ型の地図だ。
「現在地はここだな。わかんねーとか言うなよ」
「分かってる」
「ならよろしい。現在地から国道を通って南下―」
俺と治夫で、勇治の指先を追いかける。
「―高速に乗って西に。その後、かなぁ〜り走って、 高速下りて、さらに県道を南に向かって、はい到着」
ぱっと見、短いように見えるけど、実際は遠い遠い。
「遠いですね」
治夫が肯くように言った。
「それはそうさ。ただ、仕方無い。我慢してくれ」
信弘は肩をすくめた。
「じゃあ、ルートは信弘に任せるよ。先に行ってくれ。俺は後ろからついてく」
「あいよっ」
敬礼をした信弘は、地図をばさばさばさと畳んだ。
それにしても、ずいぶんと長旅になりそうだな。
一人で航行する気にはなれない距離だ。
腕時計を見て、時間を確認していると、背後から一段と声が聞こえてきた。
『え〜!?まだそれだけ!?もっとアタックしたらぁ?日夜は消極的過ぎるのよ〜』

何話してんだあの二人は。
「それにしても―」
日夜とななみちゃんとのやり取りを、にやにやと薄笑いしながら見ていた信弘は、
俺をちらっと見て言った。
「女同士の話って、聞いてて飽きないよなぁ、英君。」
だまっとれ。


すかすかの高速道路に乗ると、流石に暇である。
車がある程度走っていれば、追い越したりしていろいろと楽しめるのに。
「私、温泉に行くの初めてなんですよ。すごく、楽しみです」
日夜は今までに何回も行ったセリフをまた言って、両手を胸の前で合わせた。
目が輝いている。
俺としても、そこまで喜んでもらえると純粋に嬉しい。
まあ、券を入手したのは信弘なんだけど。
「有名な所らしいからな、俺も楽しみだよ」
「向こうにつくまでに、どのぐらい時間がかかるんですか?」
「そうだな、大体3時間ぐらいってところか。」
「日本って、広いんですね」
「ああ、広い広い。俺だって、まだ行った事の無いところが多いし」
広いからこそ、指名手配犯とかが見つからないのだ。
「日夜は次、どこに行ってみたい?」
「私は、英さんとなら…どこにでも…」
日夜はそう言うと、俯いてしまった。
なんで、こんなに可愛いんだろう。
もう、抱きしめたくて、抱きしめたくて仕方が無い。
あ〜、誰か、運転替わってくれ。
好きでやってる車の運転も、こういう時ばかりは嫌になってくる。
「…」
「…」
俺は現地につくまで、この感情に耐えられるだろうか。


2時間高速を乗りつづけ、SAでお土産を観賞し、
再び高速に乗り30分走り、一般道に下りて、海岸沿いを若干走ったところで、やっと目的地についた。
一度休憩を入れたといえ、やはり長距離運転は身にこたえる。
しかも、昼食を摂ってしばらく経つと、日夜が寝てしまったので、
話す相手がいなくなってかなり暇になった。
「あ〜…やっとだ。やっと」
呟きながらハンドルを切って、あまり混みあっていない駐車場に入る。
有名なリゾート地も、平日になると人が少ない。
信弘の車の右隣にゆっくりと停めて、まだ眠ったままの日夜を見る。
眠っている彼女は、起こすのをためらわせるほど…可愛い。
白雪姫のように口付けをしたいところなんだけれど、
隣の車の中から妙な視線がきそうなので、それは止めておく。
「日夜…日夜」
肩を優しく揺らすと、日夜は瞼を擦りながらゆっくり起きた。
こちらを向いた日夜は、まだ、目が眠たそうだ。
「ついたんですか?」
「ああ。ついたぞ。ほら、見てみな」
そう言って、前方を指す。
「うわぁ〜〜」
前方を見た日夜は、ぱっと目を見開いて歓声を上げた。
日夜が喜ぶのも無理ない。
実際、俺だって騒ぎたいのだ。
ただ、体が…
真昼の日光を受けて、さんさんと輝く太陽。
光り輝く遠浅の海。
真っ青に染まった空。
目を覆いたくなるほどの砂浜。
所々に咲いている七色のビーチパラソル。
定番とも思える木製の海の家。
全てが、華やいで見える。
「降りるか?」
「はいっ!」


車から降りた日夜は、ななみちゃんと一緒に波打ち際に走っていった。
ざぁ〜ざぁ~というさざなみの音が鼓膜を揺らす。
久々に聞くその音は、前に聞いた時よりきれいに聞こえ、
汐の匂いは、忘れかけていた青春を思い起こさせる。
「疲れた…」
車のボンネットに腰掛ける。
車がかすかに沈んだ。
「…」
波打ち際で、無邪気に水を掛け合う二人はとても楽しそうに見える。
「さあてと、さっさとチェックインして遊ぼうじゃないか」
振り返ると、彼は気合を入れるためか、ぶんぶんと腕を振り回していた。
チェックインするにはまだ早いんじゃないか?
11時にもまだなってないぞ。
引き続きアロハシャツを着ている信弘は、いつの間にやら黒いサングラスで武装して、さらに厳つくなっている。
じーっと顔を見てみる。
すると、信弘は視線に気付いた。
視線が交わる。
「…」
「…」
「なんだ、おい。人の顔見て。…さては、俺のこの凛々しい姿に惚れたか?」
とか言いながら、親指を自分にむかって立てている信弘。
何も言う気にもなれない。
「……」
「お〜い」
治夫に視線を移して、肩をすくめる。
呆れて言葉も出ない。
「コメントは?」
「『ノーコメント』というコメント」
「おい」
そんな事をしていると、日夜とななみちゃんが小走り気味に戻ってきた。
服の所々が濡れていて、色が変わっている。
…色が変わると言うか、透けている。
"下手"をしたらかなり際どい。
「すごいわよ。速く泳ぎたいな〜」
ななみちゃんは明るい笑みを浮かべながら言った。
「はい。本当にすごいです」
「まあ、チェックインするにはまだ早いから、泳ぐか?」
その提案に、みんな快く同意してた。
綺麗な海が目の前にあるというのに、泳がないとはなんとももったいない。
「さっさと着替えようぜ」


海の家(木造)付近にあった更衣室を借りて、
トランクス型の水着に着替え、日差し避けのため、白のTシャツを着た。
日差しを避けるためにも、上に何かを着たほうがいい。
「女性陣はまだか?」
「まだだ」
首を長くしている信弘を軽くあしらう。
が、自分も興味があって仕方が無かったりする。
「…」
じりじりとした直射日光が、空から降り注いでいる。
日夜と、ななみちゃんを待ちながら、改めて周りを見渡してみる。
青い空、青い海、白い砂浜、七色に咲くビーチパラソル、
打ち寄せる波の音、吹き抜ける潮風、緑色のヤシの葉。
理想をそのまま形にしたような空間だ。
砂浜では、ビーチバレーや、肌を焼いている人が所々に見受けられる。
リゾートホテルも、平日は暇だろうな、となんとなく思った。
海水浴場の広さは、ざっと見2kmと言ったところか。
「お、お目見えしたぞ」
その声に振り返ると、水着姿の二人がこちらに向かって歩いていた。
「…(ぽけ〜)」

おっと、やばいやばい。見とれてしまった。
水着については全く分からないのだけれど、
日夜は白を基調にした、タンクトップビキニタイプといわれる物(だと思われる)。
ななみちゃんは、オレンジ色を基調にした水着で、肩紐が細くて、かなり露出度が高いビキニ。
二人とも良く似合っている。
「…」
「…」
「…」
男連中、三人とも絶句。
二人とも、ドカンと胸が大きいわけじゃないのだけれど、
いや、なんか、凄い。
みずみずしい肌が、太陽光を浴びて、更に眩しく見える。
物理的にもそうだが、精神的に、とても眩しい。
すらっと伸びた四肢、バランスの取れた体が、活発で健康的なイメージを与えてくる。
「ちょっと、何かコメントは無いの?」
ごうを煮やしたななみちゃんが、そう言ってきた。
「似合ってるよ」
「自分も同感です。とても、可愛いですよ」
ななみちゃんは、くすっと笑った。
「ありがとうね」
堂々とした態度のななみちゃんに対して、日夜は少し引き気味。
もじもじとしていて、落ち着かない様子。
ここまで露出度の高い服は着た事無いだろうからな。
「日夜も似合ってるよ」
「あ、ありがとうございます…」
日夜は顔を赤くして、俯いてしまった。
その仕草がとても可愛らしくて、背筋がぞわっと波打った。
抱きしめたくなる感情を、必死で押さえる。
「ん?」
隣をふと見ると、信弘が石と化していた。
つまり、石化していた。
「…」
「おい、固まってるのが一匹いるぞ」
しかも、目尻がへろんと緊張感無く垂れていて、見るからにいやらしい。
「あ〜、これは危険ですね」
治夫も同意見らしい。
倒すか。砂地だし。
「治夫、1,2,3でいくぞ」
治夫は黙って肯いた。
「1,2,…3」
信弘の肩を二人で一気に押す。
二人分の力を受けた信弘は、重力の法則にしたがって、棒のように後ろに傾き…

…ばふっ

倒れた。
「へ、へへへ」
倒れてもなお、いやらしい笑みを浮かべる信弘。
治ってない。いや、直ってないか。
「海に放り込みますか?」


水深1mぐらいの海に放り込んだところで、やっと信弘が元に戻った。
「肺に水が入ったじゃねーか。ゴホッ!ゴホッ…」
信弘は髪から垂れてくる水を手で振り払った。
女性陣は、5m手前の水際からこちらを見ている。
「妄想の世界から戻ってこないお前が悪い」
「同感です」
『そうよ〜、あんたが悪いんだから、反省しなさい〜』
『信弘さん…大丈夫ですか〜?』
「ああ…日夜ちゃん…日夜ちゃん…いいなぁ。いいなぁ。優しいなぁ。頂こうかなぁ」
…カチ
頭の中で何かが音を立てた。
もう一回いってこ〜い!

バシャァ…

信弘、海のもくずとなる。
「治夫、信弘のマークを頼むわ。俺も目離さないようにするけど、一応な」
「はい」
『だ〜!俺はもくずじゃねぇ!』
「あ、生き返った」


海の家から、ビーチパラソルと、チェアー二脚、シートを借りてきて、早速使う。
借りるのは、俺と治夫の仕事。
直射日光下で、設置するのも、俺と治夫の仕事。
使うのは、日夜とななみちゃん、と信弘。
信弘はさっきから、どこかに飛んで行った。
どうせ、またナンパでもしようと下見してるんだろうな。
「あ〜眠い」
広げ終わると、気が抜けて、疲労がどっと出てきた。
それにしても、暑いし眠いし、半端じゃない。
空からの熱プラス砂地の反射熱。
サンダルがなければ、足の裏が焼けてしまいそうだ。
唯一、七色のパラソルが、円形状の日陰を作って、暑さをやわらげてくれている。
「大変ですねぇ、英さんも」
「全く。その通りだよ」
ははは、と苦笑する。
「しかし、眩しいな」
「秋に近づいてるんですけどね。そうは思えませんよ。最高気温32度らしいですし」
「さらに暑くなるわけか…」
気を抜いて、背を伸ばすと、横から声がしてきた。
「ねえねえ、治夫君。サンオイル塗ってくれないかなぁ?」
パラソル下の日陰でリラックス中のななみちゃんの声だ。
「自分がですか?」
治夫が聞き返すと、ななみちゃんは、お願い、と甘味のかかった声で言った。
「は、はい」
「ちょいまてぃ!それは俺がやる。というか、ぜひやりたいです」
さすが信弘、いつの間にか、近くにいた。
「あんたはだめ。変なマッサージされると困るから」
うつ伏せになったななみちゃんに言われると、信弘は悔しそうにチッ、と舌打ちをした。
マジで、やるつもりだったのか?
「う〜ん…仕方が無い」
信弘は頭を掻きながら、パラソルが群生している方に歩いていった。
様子でも見てみるか。

お、女の人に声かけたぞ……

あ、叩かれた。
本当に懲りない奴だね。あの男は。


「あんっ……紐、ほどかないでね」
なんだ?と振り返って、パラソルの下を見ると、
治夫がうつ伏せになったななみちゃんの背中に、サンオイルを塗っていた。
「わ…わかりました」
…治夫が珍しく動揺している。
まあ、無理も無い。
「…」
「ひゃっ…く、くすぐったいわよぉ」
少し顔を赤くして、身をよじるななみちゃん。
手を動かす治夫。
その様子を、じーっと見つている日夜。
興味があるのか無いのか。
日夜の様子を見ていると、日夜がちらっとこちらを向いた。
視線が交わる。
「…」
「…」
なんか、変に気まずい。
耐え切れず、わざとらしく視線を外してしまう。
「ひ、英さん…わ、私にも…お願いできますか?」
上目遣いで言う日夜に、ごくりと無意識に喉が鳴った。



……
日夜の素肌は、なめらかで、張りがあって、繊細で、綺麗だった。
それ故に、ガラスのように、いとも簡単に壊れてしまいそうだった。
夢心地で手を動かしていたような気がする。
記憶が断片的にしか残っていない。
日夜のそれに触れたのは、初めてではなかったけれど、
あそこまで、丹念に日夜の肌を触った事は無かった。
自分の無機質でごつい体(筋肉は大してないが)とは、根本的に違って、
これが、女性なんだ、と改めて思った。
「日夜は泳げる?」
パラソルの下で、ゆっくりと海を眺めながら、聞いた。
ななみちゃんは日夜の隣にあるチェアーで(サングラスをかけ、)日光浴中で、
信弘はどこかに行っている。
治夫は飲み物を買いに海の家まで行っている。
「いえ、あまり泳げないですけど…1000mは泳げると思います」
日夜は、少し考える仕草をして言った。
「…」
「どうかしました?」
さらっと言う日夜に、どう返せばいいのか分からず、言葉に詰まった。
…何というか、それで泳げないって、一体どういうこと?
「英さん?」
「…あ、いや、すごいなぁ、って」
「いえいえ、そんな。私は何も出来ないですよ」
日夜は手を振った。
謙遜する事無いのに、と思う。


「インスタント」
「?」
みんながこっちを向き、突然なんだ、と不思議そうな顔をした。
「カレーだよ。カレー」
「ま、しゃーないっしょ。わざわざ凝ったの作っても意味無いし、観光客が求めるか?んなもん」
信弘はそう言うと、再び、焼きそばをがつがつと食べ始めた。
「え〜、私は"質"を取るけどなぁ」
「私も同感です」
女性陣は質をとるらしい。
「俺っちは量だな」
信弘は量、ね。性格が出てるな。
「自分で作るのに限ると思いますが」
「さすが治夫、自分でつくる派か」
俺たちは今、通称海の家で、昼食を取っている。
街に出るより、手短でいいだろ、と言う事でここになった。
ちなみに俺は、定番中の定番であるカレーライスを選択した。
風が海の家を吹き抜ける。
日差しが遮られている事もあって、外に比べるとかなりすごしやすい。
ちりーん、と金魚の描かれたガラスの風鈴が鳴った。
「でも、自分で作るといっても、そのときの気分にもよりますがね」
「え〜?治夫君って、料理上手いの?」
ななみちゃんは、治夫、信弘、俺、と視線を移した。
「ああ。上手さはお、お、おり…何だっけ?」
「折り紙つき」
「つー訳だ」
「ふ〜ん、自分ではどう思うの?」
彼女が治夫の顔を覗き込む。
「特に自分では上手いも下手も思ってませんがね。趣味とでも言いますか」
趣味で料理とは、一生苦労しないな。
「趣味、趣味、趣味…ホビー。綴りはH、O、B、Y。…違うか?」
信弘が顎に手を当てて、そんな事を言い出した。
「分からん」
「メイドスキーでもわからんか」
うるさいぞ。
信弘の声を無視して、氷の解けかかっている麦茶を飲む。
「治夫君の得意な料理って何?」
「…パンとかですかね」
「カレーは?」
「もちろん作れますよ。あれは簡単な分類に入りますからね」
「…」
「すげー」
「すごいですね」
「凝り性だな」
「え〜?あれが簡単〜?」
みなが感嘆の声をあげた。
カレーが簡単だとは…信じられない。
「プロは言う事が違うぜ」
「後で何か作ってくれる?」
「いいですよ。時間があれば……ですがね」
クールだ。



……
………
「819号室と833号室がある」
フロントで受付の人に脅しをかけていた(当人はそうは思っていないらしい)信弘は、
ロビーのソファーに座っている俺たちのところにやってきてそう言った。
「3人部屋と2人部屋なんだと」
早い話がどうこの5人を分けるか、と言う事らしい。
「男女で分けるのが一般的だろ」
俺はそう言った。
数も合ってるし。
やましい事が起きなくてすむ。
何より、ななみちゃんがいるので、信弘の手から日夜を守れる、というのが最大の利点だ。
「え〜、ダメだよ。ダメだよ。カップルは同じ部屋にしなきゃ」
ななみちゃんがにこにこと楽しそうに笑いながら、反論してきた。
意図がつかめない。
「せっかくのホテルなんだから、ナイトスポーツをエンジョイしないとね」
ナイトスポーツって何だ、ナイトスポーツって。
「んじゃ、俺と治夫とななみちゃん、英と日夜ちゃんの組み合わせでいいか?」
信弘はみんなの顔を見渡した。
「俺は構わない」
「自分もいいですよ。それで」
「私も…問題は無いです」
「…」
口々に返事をしたが、ななみちゃんからの返事が返ってこない。
彼女に視線を移すと、彼女は宙に視線を泳がせていた。
「それでもいいんだけど…私、信弘に犯されたくないし」
「ぶっ!」
治夫が、飲んでいた缶ジュースを吹き出した。
俺も、飲み物を飲んでいたらああなっていただろうな。
飲んでなくてよかった。
「ゴホッ、ゴホッ…」
「治夫さん、大丈夫ですか?」
「大丈夫。大丈夫」
日夜は、治夫の背中をさすってあげている。
やっぱり彼女は誰にでもやさしく出来るタイプなんだな。
「ははは。信弘。様無いな」
日ごろのお返しだと、口を大きく開けて笑ってやる。
「ひでぇな。俺そんなに欲望に突っ走ったりしないぜ」
顔をゆがめながら、真顔で言う信弘。
しかし、女性関係の問題が絶えない信弘の言葉には、全くと言っていいほど説得力が無い。
そう思っているのは、俺だけではないだろう。
ナンパはするわ、口は達者だわ、その日限りの関係は好きだわ。
女性から敵視されそうな奴だし。
性格と顔はいいんだが、いかんせん女癖が悪い。
「お前が言ってもな、説得力が無いんだよ。
どうせ今回の旅行だって、また針に掛けようと思ってたんだろ?」
『女性を』という言葉だけは伏せておく。
視線をみんなに移すと、信弘の本性を知らない日夜以外はみんな首を縦に振っていた。
「そんなことは、ないない」
手をひらひらと振って否定する信弘だが、目の焦点が微妙に合っていない。
図星か。こいつは。
聞いて呆れるな。
「私は日夜と同じ部屋に泊まるわ。英なら私に手出さないでしょ」
出す気はさらさら無い。
俺は本当に、死ぬまで日夜を捨てるつもりは無い。
むしろ、捨てられるのが怖い。
「そうですね。英さんなら、問題は無いでしょう」
「という訳だから、私と日夜と英が同じ部屋ね」
視線をななみちゃんから、信弘に移すと、信弘は俺をぎろっと睨んできた。
けれど、信頼を勝ち取っているので痛くも痒くもない。
「この、偽善者め」
「別に取り繕っているわけじゃない」
嫌味を含まないように言うと、信弘はむむむ、と唸った。


ホテルの従業員に819号室まで案内されて、簡単な説明を受けた。
ホテルの施設は24時間使っていいだとか、そんな感じの。
あとは一般的なことだったので、軽く心に留めておくぐらいにした。
部屋は洋風。
結構大きくて、3日間を快適に過ごせそうだった。
ベランダに面する窓ガラスはかなり大きくて、日の光を効率よく取り入れられるようになっていた。
「わー!わ〜!すっごぉーい!」
「すごいです!」
ベランダに出てた二人は、感極まり無い様子で騒いでいる。
見ていて飽きない。
オレンジ色の夕焼けが、部屋中を染めている。
水平線の向こうに沈もうとする太陽は、茜色に輝き、海もまたその光を反射し、オレンジ色に光っている。
空も、青さを失い、茜色に色づく。
鮮明に記憶に残りそうな、そんな光景だ。

ガチャ

「おいおい、こっちの部屋の方が良いんじゃないのか?」
「いいですねぇ」
ドアの空く音がしてから聞こえてきたのは、信弘と治夫の声だった。
首をひねり、二人の方を向く。
「随分とお疲れのようだな」
「そう見えるか?」
「信弘さん」
信弘に走り寄ってきた日夜は、ぺこりと律儀に頭を下げた。
「今回は、本当にありがとうございました」
「なになに、気にするこたぁないさ」
信弘は珍しく謙遜をした。
この周波数は危ない…
「日夜。言っておくけど、信弘には注意しなさいよ。襲われるわよ」
二人に向かってゆっくりと歩きながら、ななみちゃんが言った。
ちょうど、俺が考えていた事を…
「え?でも……」
「あ〜もう!あんたは、英しか知らないからそんな反応ができるのよ。
男は狼。いつもは羊の皮をかぶってるんだから、注意しなさいよ」
「おいおい、ななみちゃんよ。ちょっと酷くないかい?」
「何言ってるのよ。そうじゃない」
ななみちゃんは呆れるように言った。
そのようなやり取りをぼんやりと見つめる。
本当に、面白い連中だよなぁ。
『俺だって年がら年中やってるわけじゃねーぞ』
『じゃあ、この前の彼女はどうしたのよ?』
『別れた』
ななみちゃんは呆れて、お手上げのポーズをとった。
『やっぱりね』
『あの…お二人とも』
おどおどしながらも止めに入る日夜だが、全く二人の眼中に入っていない。
二人とも本気でやっている訳じゃない(はず)なので、ほおっておいてもすぐに戻る(はず)。
ほっとこう。


日夜の腕を引っ張り、部屋から逃げ出した。
もちろん、治夫もだ。
廊下を歩きながら、話をする。
「お二人は、ほっといてよろしいのですか?」
「あれは、楽しくてやってるんだよ二人ともね」
おずおずと聞いてきた日夜に治夫が笑みを浮かべながら答えた。
「そうなのですか?」
「ま、そうでなくても、ストレス発散になるだろ」
日夜は、よく分からない、といった表情をした。
ああやって、やりとりをしているうちはまだまだ大丈夫。
まだまだ壊れん。
「そういえば、ここには室内プールがあるみたいですが」
「1階か?」
「多分、そうだと」
普通、2階とか3階の上階にプールを作る事は稀だ。
水は思った以上に重いし、それなりの骨格で支える必要がある。
1立方メートルで1トンだ。
「金かかってるな」
「リゾートですから」
治夫が冷静に答えた。


休憩室で、話をしていると、騒がしい男が飛び込んできた。
『日夜ちゃんに手ぇ出してないだろうな』
と。

叩(はた)くぞ、コラ。
そのまま、ホテルの食堂に直行して、若干早い夕飯を取った。
なんと、夕食はバイキングで、驚いた。
しかも、豪華。
見た事も無い料理から、定番料理まで、様々。
和、洋、中、と色とりどり。
普通に泊まったら、いくらかかるんだ?
「お〜、これはこれは、よにも珍しい"麻婆豆腐"ではないか!」
「…」
信弘が壊れてる…
「お、こっちには、くらげか。」
「きくらげね。茸よ、キノコ」
「いやー、自分で料理した事あんまりないもんでねぇ」

……
信弘のボケ具合にも、かなり驚いたが、それ以上に信弘の食いっぷりにも驚いた。
喉に詰まらせるなよ、と言ったら、
『バイキングなんだぜ。バイキングったら、バイキングだろ』
とか言ってきた。
分からないではないが。


部屋に戻ると、早速酒盛りが始まった。
しかも、俺たちの部屋で。
眠いからいい、と断ったが、それを信弘が許すわけも無く、
『この!夜に備えて体力を温存するって気だな。許さんぞ』
とか言い出した。
…どうすれば、そういう考え方が出来るのか。


「…」
床に空になったビール瓶が数本転がっている。
つまみも、ほぼ空になってきた。
床に座って、コップに入ったビールをちびちびとあおる。
一気に飲んで、"誰かさん"のように、急性アルコール中毒になるつもりはさらさら無い。
周りの酔っ払いどもを見渡してみる。
治夫はアルコールに強いので、普通に話をしている。
ななみちゃんと日夜は、顔を赤くしている。
どちらかというと、日夜のほうが弱いみたいだ。
残りの問題児、酔っ払い信弘は…
「おい!英。お前、実のところどうなんだよ〜?あん?」
超がつくほどの至近距離で、俺を睨んでくるので、背をわずかに反らして、逃げる。
「俺はだなあ、こう思うわけだ…」
…信弘の悪い癖、それは、悪酔いすること。
ある一定の量までなら大丈夫なんだが、それを超えるとこうなる。
「人生まじめに生きてても、ろくな事がない〜、とだ。うっひっひっひっひぃ〜〜」
壊れてる壊れてる。
「くっくっく…俺は日夜ちゃんを…も、貰うぞ〜…」
信弘は言いたい事を言うと、そのまま、俺に向かって倒れこんできた。
ぐてー、っとなっていて、まるで、無脊椎動物だ。
簡単に言うと、"ミミズ"みたいだ。
「かー…かー…」
しかも、寝息まで立て始めた。
酒くさいぞ、おのれ。
「最初からとばすから、こうなるんだよ」
忠告しても、聞いているわけ無いのに言ってみる。
「今日は、これでおしまいですね」
治夫が言った。
「メインが潰れましたし」
「全くだ」
信弘を引き剥がす。
ごろんと、力なく床に転がった。
「え〜、もぅおしまいなぁのぉ〜?」
呂律がしっかりと回っていないななみちゃん。
これ以上飲ませると、明日が辛くなるだろう。
酒は飲んでも飲まれるな、だ。
信弘みたいになってはいけない。
「ああ。今日は、もう止めといた方がいい」
「でも、英さん、もっと飲んでみたいです」
日夜も彼女と同様でかなり危ない。
「酒、弱いんだから、無理するな」
「え〜」
二人の声が重なる。
子供か?おぬしらは。
「治夫、このもくずを連れてくか?」
「はい。そうですね」


足を俺が持って、肩を治夫が持って、運んだ。
自分で動け、と言いたかったが、叩いても蹴ってもうんともすんとも言わない。
返ってくるのは、
『メイドさん…』
とか
『俺は幸せだ〜!』
とか。
しかも、満面の笑みで。
無性に、蹴りたくなった。
夢ん中で何見てるんだか。


「…」
部屋に戻って、ベランダに出ると、夜風が吹いていた。
手すりに肘をついて、夜空を見る。
そよそよと吹き抜ける風が、なんとも心地よい。
アルコールで火照った体を、適度に冷やしてくれる。
窓の外から、波の音と秋の虫の声が、かすかに聞こえる。
海は、所々に漁船の光がある以外、真っ暗だ。
部屋の中からは、日夜とななみちゃんの愉快な笑い声が聞こえてくる。
今考えると、こうやって女の人と旅行に来て、話し、笑う、なんて初めてだな。
日夜が来るまでの25年間、ずっと独りだったし。
「…」
情けなくなるだけだ。過去を掘り起こすのは止めよう。
過去より今、だ。
「…あれ?」
ベランダから振り返ると、日夜の隣に居たはずのななみちゃんの姿が消えていた。
「ななみちゃんは?」
「着替え、してます」
ほう、と納得して、日夜の隣に座る。
残りが少なくなっているポテトチップスを、口に運び、ビールを煽る。
「英さん」
「ん?」
振り向くと、彼女はおかしな事を言いはじめた。
「ななみさんが、『男は狼だ』と言ってたのですけど、そうなんですか?」
そういえば、夕方そんな事を言っていたようないなかったような…
「まあ、そうじゃないのかな」
信弘がいい例だ、と続けようとしたが、やめておいた。
視線を日夜からずらし、ビールを煽る。
「英さんもそうなんですか?」
「…」
なんと答えれば良いやら。
というか、なんでそこで俺が出てくる。
「たしかに、狼…と言えば狼には違いない」
と、思う。
実際、自分は日夜を貪り尽くしたい、と間違いなく心のどこかで思っている。
理性がそれを遮断してはいるが。
「私を…食べたい…ですか?」
彼女はつぶやくように言った。
え?と思い、彼女を見ると、視線が合った。
すると彼女は、アルコールで赤くなった頬を更に赤く染め、恥かしそうに俯いた。
なんともいえない感情が湧きあがってくる。
くっ…
押し倒しそうになるのを必死でこらえる。
「…ああ。俺は日夜を食べたい」
嘘を言っても仕方が無い。
自分は本音を言った。
「私は、食べてほしいです。食べてくれません…か?」
尻すぼみになりながらもいった日夜の言葉に、大きく揺さぶられた。
ドクン、と大きく心臓がなる。
ここで日夜を押し倒しても、罰はあたらないよな。
「日…夜…」
彼女の肩に手を掛け、ゆっくりと体を…

バタン

「!?」
突然のドアの開く音に驚き、日夜から瞬間的に手を引いた。
「どう?似合ってる?」
顔を上げると、更に驚いた。
「は?」
バスルームの脱衣所から出てきたななみちゃんは、そのなんというか、
「メイド服を着ている」
「?」
「似合ってるでしょ。どう?どう?」
似合ってる…というか、似合ってる。
ほかに表現のしようが無いからどうしようもない。
ロングのスカートに、頭の上に載ったカシューシャ。
日夜をどうこうしよう、なんて気はいつの間にかどっかに飛んでいってしまった。
驚いて、自然に口がぽかー、っとあいてしまう。
すると、メイド服に身を包んだななみちゃんは、俺のそばに座った。
「『私を…食べたい…ですか?』……な〜んてね」
ななみちゃんは、くすくすと可笑しそうに笑った。
はて、何の事だ?と一瞬考えたが、
日夜がさっき言ってたことだと思い出して、一気に顔が赤くなった。
「な、ななみさん!人の話を聞かないで下さいよ」
「だって〜、着替えて出ようとしたら、そんな事言ってるから、出ようにも出れなかったんだもん」
仕方が無いじゃない、とななみちゃんは言うと、また、くすくすと笑った。
日夜は耳まで真っ赤にして俯いている。
「可愛いなぁ、私が食べてもいい?」
「ダメです」
「え〜、いじわる〜」



……
………
目を開けると、白い天井が目に飛び込んできた。
いつの間にか寝てしまったらしい。
体を起こし、床を見ると、そこには飲み空けられたビール瓶が、転がったままだった。
昨日、あの後どうなったのか、まったく覚えていない。
ななみちゃんがメイド服を着ていて…
ダメだ、頭が回らない。
窓の外を見ると、空が白み始めていた。
隣のベットを見ると、日夜とななみちゃんが幸せそうな顔でぐっすり眠っていた。
なんで、ひとつのベットで寝る?と思ったが、考えるのが野暮なのでやめておいた。
「…」
顔を洗ってから、ベランダの窓を、音を立てないように開けて、外に出る。
外は、朝独特の少し肌寒い海風が吹いていた。
ざざぁ、ざざぁ、と波が砂をなでる音が聞こえる。
水平線の向こうを見れば、太陽がひょっこりと顔を出すところだった。
海がきらきらと揺らめきながら光っている。
半分に欠けた太陽がゆっくり、ゆっくりと上がってくる。

カラカラカラ…

「ん?」
ドアの開く音に振り向くと、日夜がそこにいた。
寝起きのためか、眠たそうな顔をしている。
「おはようございます」
日夜はぺこりと頭を下げた。
「おはよう」
「もう、日が上がるのですね。海から上がる日なんて、初めて見ます」
日夜はそう言うと、俺の隣に立って、今にも昇らんとする太陽を見た。
横顔がとても美しい。
「ああ。海から上がる太陽を見るなんて久しぶりだよ」
そう言うと、ひゅー、っと風がベランダを吹きぬけた。
寒い…
「…ぅ…」
日夜が小さく声を漏らした。
彼女の肩を見ると、小さく小刻みに震えている。
起き掛けだ、寒いのも無理ない。
黙って日夜の肩にジャケットを掛ける。
俺のジャケットは、彼女には少し大きいようだった。
「……あっ」
日夜が驚いたように俺を見た。
「自分のを持ってきますので…」
日夜はジャケットを脱ごうとした。
それを肩を押さえて制止する。
「いいから。俺は別にいい」
「でも…」
彼女は困ったような顔をした。
横顔にあたる日の光が
「…」
「…」
すると、日夜は諦めたように、表情を緩ませた。
「英さんは強情ですね」
「そうか?」
「そうです」
「…」
日夜の肩をそっと抱き寄せる。。
彼女は抵抗する事もなく、体を預けてきた。
日夜の体温が服越しに伝わってくる。
沈黙が心地よい、とでも言うのだろうか。
「…」
「…」
黄金色の光が二人を照らす。
正月の初日の出でもないのだけれど、初日の出を見たときよりも、充実している感じだ。
「綺麗ですね」
それから、日が上がってしばらくしても、ずっと俺たちはそのままでいた。


「ふぁ〜…」
ソファーに座って、昨日買った新聞を読んでいると、隣で日夜が大きなあくびをした。
顔を上げると、目尻に涙を浮かべた彼女がいた。
「眠いか?」
そう聞くと、日夜は、はい、と肯き、目尻を手でこすった。
「もう少し寝てたほうがいいんじゃないか?正直、俺も眠い」
「はい。…そうします。でも、シャワー浴びてからにしますね」
ああ、と言って、視線を新聞に戻す。
『東証平均株価、バブル崩壊後最安値を一時更新』
不景気だねぇ。


しばらくすると、浴室から、『シャー』という水音が聞こえてきた。

「…」
一瞬、全裸姿の彼女が脳裏をかすめた。
ここで、悪戯をしたい、と思うのは、男の性なのだろうか。
だが、それはあまりに危険すぎる。

頭の中で、理性と欲求が交互に討論をしている。
いいだろ、だめだろ、と。
「…」
女性から見れば、バカの極みだろうな。
こんな事ばっかり考えてるんだから。
「ん?」
そんなバカな事をやってると、日夜が上がってきた。
新しい真っ白のTシャツに着替えている。
風呂上りのため、顔と露出した腕、足がにわかに上気している。
ショートヘアーからかすかに見えるうなじにドキッとした。
すすすす、と体が勝手に動き出し…
「あっ…」
気がつくと、彼女は腕の中。
いつも思うけど、彼女はやっぱり小くて、高価なガラス細工のようだ。
「英さん…」
彼女は背中に腕を回してきた。
風呂上りという事もあるのだろうか、彼女をいつも以上に温かく、暖かく感じる。
心地がいいなぁ、と改めて思った。


「でも、二人ともごめんね」
少し沈んだ声に、日夜が、なにがですか?と答えた。
時計はもう7時を回っている。
ななみちゃんは10分前におきた。
「だって、二人とも、私がいなかったら、夜の生活を"壮大に"楽しんだわけでしょ?
邪魔したかなぁ〜って、そう思ったわけですよ」
"壮大に"を強く言い、にこにこと満面の笑みを浮かべるななみちゃん。
ある意味、最強だ。
「…」
「そんな、私…」
「またまた〜、そんな事言っちゃって〜。
じゃあ、今朝、6時半までの一時間、なーにうやってたのかなぁ?」
ななみちゃんはいたずらな笑みを浮かべ、日夜に一歩ずつじりじりと近づいた。
「べ、別に、な、な、ななにもしていませんが」
日夜、どもりすぎ。
しかも、顔を赤くしている時点で、自白しているようなもの。
「気がつくとさあ、日夜が英に……きゃっ!」
「ちょっ…ななみさん!」
日夜がななみちゃんに飛びついて、口を慌ててふさいだ。
日夜が俺に何んだって?
「ん〜!ん〜!」
「…」
ななみちゃん、起きてたのか。
…なんか、顔が赤くなってきた。
いや、でも一緒にひとつのベットで寝てただけだし。
やましい事は一切ない…はず。
「…」
そのまま倒れこみ、きゃっきゃ、と戯れる二人。

『な、ななみさんっ!ど、ど、どこ触ってるんですか!』
『え〜、いいじゃな〜い、減るもんじゃないしぃ…』

俺がいるのを分かってやっているのかいないのか。
とてもじゃないが、見ていられず、頭を押さえる。
アルコール抜けてないんじゃないか?おい。
…外出るか。
出番なさそうだし。


まるで女子高生だな。
静かな廊下を歩きながら、そんな事を考えた。
まだまだ若いという事か。
信弘たちの部屋に入ると、信弘はまだ眠りこけていた。
布団がほぼはだけた状態で、大の字になっている。
「おはようございます」
「おはよう。…ん?」
治夫がノートパソコンをいじっている。
何やってんの?
「あ、これですか?ホームページの更新です」
治夫が俺の視線に気がついたらしく、そう簡単に説明した。
「ほぅ」
そういえば、治夫は温泉めぐりのホームページを作っていた。
一度見たことがあるのだが、けっこう面白い。
「今回は、日記の更新ですね…先輩が酔いつぶれた…など等です」
信弘のこったな。
まあ、信弘は見ているだけでも飽きないから、暇つぶしと、ネタには十分だ。
「あ、そういえば、7時半から食堂で朝食バイキングらしいですね」
「もう少しだな。ちょうど腹減ってたところだ」
「でも、朝からバイキングとは、豪華ですねぇ」
「全くだ」
俺たちの話を知ってか知らずか、信弘が、ぐがぁ、と大きないびきをあげた。



朝食を取っている時、みんなの笑顔を見ながら、一泊二日は短いもんだな、と思った。
朝食を取った後、売店でお土産を買って、ホテルを後にした。
ホテルを背後にして、疲れるのは辛いけど、また来たいな、と思った。

……
「随分、楽しかったぜ」
出発の時と同じように、スーパーの駐車場で、信弘が言った。
太陽はまだ高い位置にある。
「ああ、全くだよ。……今回は悪かったな。わざわざ誘ってもらって」
「なんだぁ?礼を言うつもりか?気味悪い」
信弘はははは、と笑った。
「明日からは、また仕事だ。若いのはいいが、体力の無駄遣いはするなよ」
「どういう意味だ?」
睨みつけると、信弘は肩をすくめて、車に乗り込んだ。
「すきなように取ってくれ」
「また明日、会社で合いましょうね」
「じゃ、またな」



治夫とななみちゃんに軽く挨拶をしてから、家に戻ってきた。
家のカギを空けて、リビングに入ると、疲労が体の奥から一気に染み出してきた。
土産をテーブルの上に置く。
帰り際にホテルの売店で買ってきたものだ。
「う〜」
ベットにもたれかかると、自然にそんな声が出た。
我ながら情けない。
「お疲れ様です」
日夜はそう言うと、俺の隣にぽふ、と座った。
「楽しかったけど、正直疲れたよ」
ははは、と苦笑いを浮かべる。
「今日は、お休みになってください」
「悪いけど、そうするよ」
「でも、すみませんでした。わざわざ私も連れていってもらって…邪魔じゃなかったですか?」
彼女は申し訳なさそうに、肩を沈めた。
「何言ってんだよ」
ソファーから立ち上がると、彼女も立ち上がった。
リビングを出ようとして、ふと思った。
振り返って、日夜を見る。
「日夜、また、どこかに行こうな」
「え?あ……は、はい」
一瞬戸惑いの表情を見せた彼女は、にこやかに笑った。


日夜 〜旅行編〜
終わり



初版完成日
2004/05/23






〜後書き〜

え〜、本編より長い、旅行編、いかがでしたでしょうか。
気がつくと、21,000文字。
本編より、長いではないか。
しかも、前書き長すぎ(汗)
書いてみての感想なんですが、
「・・・ダメ、ですね」
もっと、というか、人並みの作品を書けるようになるのが、今後の目標でしょうか。

・・・すいません、見棄てないで下さい。



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